微睡み (ページ20)

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赤 side

最近、上映が始まったミュージカル。

大我の気に相当召したようで、帰り道の間も覚えたセリフをずっと声に出している。

「大我といたらもう一回ミュージカルを見ているみたいだ。」

冒頭から終わりまで、全てのセリフと歌を丸々暗記した大我は満足そうで駅でも行きの時ほど音に嫌悪感を示さなかった。

大我は自閉傾向があるけど、その中でもサヴァン症候群というものに当たる。

特に記憶力が人並み外れて良い大我は、一度見たもの聞いたものはそっくりそのまま脳の中に保存することができる。

帰りの電車に乗り込むと、目の前に座っている男子高校生の会話が耳に届く。

〈まーじで、今回の日本史範囲広すぎね？〉

〈ほんとにそれ、あー教科書まるまる頭に取り込める脳みそとか欲しー！〉

〈一回見ただけで覚えられたら無双だよなー、まぁ現実みようぜ。〉

本人たちは何の悪気もないただの空想の中での現実逃避。

けれど、一度見ただけで全てを記憶する能力は君たちが想像しているよりずっとずっと残酷なものだよ。

俺は、保存され続ける記憶と闘い続けてきた大我を1番近くで見てきたから。

人間、忘れるくらいが丁度良いんだよ。

『ジェシー、つぎ、おりる…？』

「あっ、あぁ、ごめんごめん。ありがとう大我。」

『みっつ、なくなった。』

最寄り駅に到着するとともに大我の手がグーになる。

『グーに勝てるのはパー…へへっじぇしはつよいからパー。』

俺の手を取って、自分のグーを包み込ませる大我。

電車から降りるとまた大我の1人ミュージカルがはじまる。

心地よい声と包み込む手の温度。

満たされていく。

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