当たり前じゃない ページ4
｢退けぇ！コラァ！｣
｢東くん！沢村くんも、早く謝って！｣
礼ちゃんの咄嗟の制止も虚しく、先程の駄目押しで堪忍袋の緒が切れた東さんは少年に詰め寄っていく。
ああ、間もなくこの剣幕にビビった少年が謝って、また東さんの思う通りになるんだろうな。
何処か冷めた気持ちで事の顛末を傍観する自分がいた。
今ここで野球が出来ることが当然じゃない。
そんな当たり前のことを彼はいつから忘れたのだろう。そして彼の傲慢さに、後輩という免罪符を使って追従してきた私達は何をするために此処に集ったのだろうか。
今にも鼻頭と鼻頭とがぶつからんばかりの距離で睨み合う両者を前にして、私は暫し自問する。
｢フン、何が野球留学だ。覚悟や向上心は立派かもしれねぇけどよ、ここじゃあ力のある奴は何言っても許されんのかよ…
練習に付き合ってくれた仲間を罵倒し…挙句の果てには田舎に帰れだと？例え世間が認めても、俺は絶対に認めねぇ。｣
そんな中、眼前の上級生に慄く所か私達が言えずにいたことを言ってのけた見知らぬ少年に私は…いや、一同が息を呑んだ。
｢1人じゃ野球は出来ねぇんだ…名門と呼ばれる学校じゃあ、そんな大切なことすら忘れてんのかよ！｣
｢あ？黙って聞いてりゃ好きがって言いよって！｣
彼の真っ直ぐな言葉に比べて私が今の今まで考えていたことと言ったらホントしょうもない。
中学生にここまで言わせて何もしないってのは…
そんな思いで隣の一也に目を向けると、奴は既に少年に釘付けだった。初めて白頭のピッチングを見た時を彷彿とさせる目からは期待の色が滲み出ている。
｢ごめんね、東くん。何も分かってないこの子に本物のバッティング、見せてもらえる？｣
そして肝心の少年達は、場を取りなしてくれた礼ちゃんによっていつの間にか野球対決する感じ…えっ彼はまだ中学生のハズ、無茶振り過ぎじゃ？
｢ああ、俺は構わねぇぜ。ただし…このガキが泣いて謝るまではマウンドから降ろさねぇけどなぁ！｣
｢ちょ…俺はこんな奴の胸なんて｣
｢沢村くん、ここは野球のグラウンドなの。言いたいことがあるならピッチングで見せてもらえる？｣
私と同様、怒涛の展開に置いてきぼりの少年こと沢村くんの事は知ったこっちゃないと言わんばかりの礼ちゃんの言葉に、待ってましたと飛びついた一也。
｢そいつの球俺が受けてもいい？｣
その背中を見つつ内心あーあと零す。そのミットに投げたが最後、もう他の捕手には戻れないだろうから。
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作者名：スズカケノキ | 作成日時：2019年9月16日 0時
