6 ページ6
オープン戦に2回先発登板をした春兎は、6回無失点の好投をファンが見守る球場で納めた。期待値が大きかった彼は、皆の想いを裏切らず信頼を固めていく。
「茶野行け！」
なんて、肩にアイシングを当てながら片腕を上げて茶野を激励する春兎を皆微笑ましく見つめる。
打席に立つ彼を見つめ、安打を放つ姿にダグアウト内は大いに沸き上がった。
「良かったなー、打って。」
「茶野はやれる子なので！」
「ほんま仲ええよな。」
皆に心を開いているからか、福田が春兎の肩を叩いても驚かなくなっており、なんなら笑顔で元気良く話すようになっていた。
臆病で気が弱く、怖がりな春兎はどこへ行ったのだろう。
スタンドからも鳴り物の音が地を這い、薄っぺらい腹を内臓から震わせる。
「椋頑張って！」
「えっ、あっ、頑張ります！」
声を掛けられると思ってもいなかった太田は、ひとつ先輩の春兎の言葉に驚きながらも愛らしい笑顔を見せて打席へと向かって行った。
打線が繋がり、チャンスを迎えて応援団にも力が入る。
チャンステーマは相手投手の精神を追い詰め、ファンの声援は球場全体の主導権を握っているかのようだった。
勝利を収めたオリックスは、オープン戦優勝とはならなかったものの笑顔で開幕を迎えられる事となった。
ロッカールームで着替えを終えた春兎は、まだ寮暮らしの為舞洲へと帰宅する。
パチッと電気を付けると、暗所に慣れた目には眩しく顔を背ける。隣室にも人がいる為小さな生活音は聞こえるが、それが春兎の寂しさを紛らわせてくれていた。
「開幕まで休みか…。」
呟きながら荷物を置き、着替えを持って脱衣所へと向かう。
折角翌日が休みなのだから、と浴槽にお湯を張り頭や体を洗い終えると湯船に肩まで浸かった。
鼻歌を歌いながら浴槽の縁に顎を置き、お湯から自身の手を出して見つめる。
無駄な肉の無い骨張った長い指はお湯に浸かって赤くなり、天井の照明を反射する。
「……もう少し手がデカかったら、強く握り込めるんだろうなぁ。」
拳を作ったり開いたりを繰り返し、不意に山崎を思い出した。
球威のある投球は羨ましく格好良く春兎の瞳に映り、頭に記録されている。
バシャン、と湯船にもう一度手を沈めて壁にある水滴が付着した鏡を見つめた。
「あがろ。」
全てが整っている彼を認めはするが、やはり性格は苦手だ。
山崎の事は思考から外して湯船から出て脱衣所で体を拭き始めた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 238人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：宮
| 作成日時：2024年3月24日 13時
