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扉の前で渡部と別れ、ドアノブを下げてゆっくりと扉を押した。
春兎以外誰もいない明るく広い室内は、空気清浄機と扇風機の稼働音が響いている。
小さい春兎が余計小さくなり、俯いたまま枯れ色の髪をくしゃりと掴んでいた。
「A、大丈夫？」
石川はいつもの優しい声で問い掛ける。
頭を隠したままの春兎は絶えず謝罪をしては石川を困らせた。
「どうしたの、今回の試合堪えた？」
その言葉に何度も頷く春兎は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を石川へと見せれば「颯一郎さん、こわい？こわい人？」なんて彼のシャツを握って問い掛ける。
「怖くないよ、Aにも最近優しかったやん。」
泣き縋る彼の頭を撫でながら何とか落ち着かせようと石川は必死になる。
「大きい手怖かった、引っ張られるんじゃないかって思って、殴られたくなくて、颯一郎さん怖くて、」
しゃくりあげ、何とか落ち着いてきた春兎の話を聞いてみれば何か学生時代のトラウマが蘇ってしまったようだ。
石川に縋ったまま離れない春兎を抱き上げ、床に座るのもなんだからとソファに腰かけて背中を優しく叩く。彼の肩に顔を埋め、目を瞑った春兎は小さな声を上げながらそのまま眠りについてしまった。
「…んー。怖いねぇ。」
口をへの字にしながら考える石川は、春兎の襟足を指にくるくると巻き付けながら首を傾げる。
そんな時、様子を見に来た渡部と山岡がソファで落ち着いた2人を見て部屋に入室した。
「寝たん？」
「寝た、なんか " 颯一郎さんこわい人？ " とか聞いてきてさ。」
「やっぱ無理してたんかなー。最初そーいち驚かしすぎてたし。」
「んー、なぁんか色々あるっぽいんだよ。」
眉間にシワを寄せながら石川は言う。
その色々が何か分からないが、ちょっとした事で堰を切ったように怯え始めるのはおかしすぎる。
「遼人知ってる？」
「いや…全然。昔の話とかもしないですし。」
同期ですら知らない何か。
3人はうんうんと考えたが結局答えは出ず、着替えを終えていた春兎を石川がおんぶし直し、荷物を持って宿舎へ向かうバスが待つ駐車場へと歩みを進めた。
「今日の精神状態も相まってじゃない？大量失点しながら7回まで投げさせられたんだし。」
「俺から見てもAは好調だったんだよ、構えたところにズバリ！って。」
バスに春兎を座らせる石川は、背後に立つ山岡に必死になって話す。本当に、今日の春兎は今まで以上に調子が良かったはずなのに。
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作者名：宮
| 作成日時：2024年3月24日 13時
