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「どんまい。」
ロッカールームで一足先に着替えを終えた春兎は、隣のロッカーにグラブを置いた山崎に声を掛ける。
結局山崎が登板した回で逆転されてしまい、そのまま取り返す事が出来ずに敗戦となったこの試合、ロッカールームは機嫌が悪い山崎が来た事でヒリついていた。
光の入らない真っ黒な瞳で春兎を見つめた山崎は、重たい前髪を提げながらゆらゆらと近付き、そのまま長く筋肉質な腕で春兎を包んだ。
「ひっ。」と小さな悲鳴が聞こえたが、それ以降なんの抵抗も無く、怯えながらも春兎は山崎を見上げた。
周囲の皆は不安げに2人の様子を伺いながら、殴ったり蹴ったりという事をしない春兎に胸を撫で下ろす。
「…はー。」
大きなため息と共に、頭頂部へと頬が寄せられた。
クシャリと数本の毛が引き摺られ、山崎の鼻をいじらしく掠める。
山崎の香水の香りが仄かに漂い、春兎の心拍数を上げた。
「…観てた？」
春兎の頭に頬を寄せたまま、山崎は掠れた小さな声で問い掛ける。
まるで自らに失望したような彼の声にどう返事をしようかと考えたが、正直に頷き、離れてほしそうに彼の胸に手の平を押し当てた。けれど彼は離れる事を知らずに余計に春兎を腕で包み隠し、力の限り抱き締める。
「あの…。」
「…はー…最悪。なんかバカスカ打たれた。お前に見られんのがいっちばん嫌。」
もう一度大きなため息を吐いた彼は、春兎の襟足を何度も撫でやりながら文句を続ける。
撫でるのも抱き締めるのもまだ早い、と練習前に話していた春兎は彼の突然の行動に拒絶が出来ず、体が硬直したままだった。
「あの…そろそろ…。」
彼の胸に顔が埋まる春兎はくぐもった声で話し掛けてみるが、背の高い彼の耳には全くと言っていいほどに届いていないようだ。
「そーいち、A困ってる。」
宗の言葉に我に返った山崎は、春兎の肩を掴んで離れた後、「ごめん、また距離詰めすぎた。」と焦ったように顔が引き攣っている。
本当に仲良くしたいのだろうと言う事が伝わる彼の言葉に思わず笑いながら首を振る。
「大丈夫です、びっくりしましたけど。」
春兎の言葉に安堵した山崎は、もう一度キツく彼を抱き締め、容赦無く背中に回した手で腰を叩かれていた。
兎は嫌いな相手に対して攻撃的になるというが、春兎のこの行動も兎の性格に基づいたものなのだろうか。
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作者名：宮
| 作成日時：2024年3月24日 13時
