数センチ先にある君の心 (ページ17)

今日:7 hit、昨日:63 hit、合計:30,273 hit

17 ページ17

俯いたままの伊近を見て、山本は内心 " やってしまった " と焦りに満ちていた。
ぶつけるつもりは全く無く、偶然の事で。言い訳をしたかったが、相手に苛立ちを向けている以上、そんなダサい事も出来なかった。

顔を上げた伊近の瞳には涙が浮かんでおり、更に罪悪感が募るが引くに引けず顔を背けてしまう。
初めて見る涙目の彼は、こんな状況じゃなかったら嫌になるほど甘やかしていただろう。掃除の行き届いた陽の光を反射させる廊下を歩きながら、必死にどう収拾つかせようかと考えた。

「どこ行くん、出て行っちゃうん？」

背後から、涙声の伊近の声がして思わず歩みを止めたが振り返らずドアノブに手をかける。

「……出て行かないって行ったのに。」

喋りながら、伊近の涙声は酷くなる。
ドアノブに手をかけたまま振り返って謝罪をしようかと考えていれば、彼はまた言葉を続けた。

「……話くらい、話くらい聞いてくれてもいいやんか。何があったかも、どんな思いでずっとおったかも知らんくせに、こっちはお前に養われんでも生きていけるわ！！」

話しているうちに感情が抑える事が出来なくなったのか、山本に負けないくらいに声を荒らげる。
謝罪しようと思っていた矢先の事ですぐに頭に血が上り、謝罪のに文字は思考から消え去った。

「あーそう。」

たった一言返事をすれば、扉を押して明るい陽の中に山本は消えていく。
追いかける事もせず、1人きりの玄関で必死に涙を堪えるが、涙腺の蛇口は締まりきらずに床へと落ちていく。

「……引き止めるつもりやったのに。」

呟くと、ヘマをやらかした自身の頬をパチンと手の平で叩き、リビングへと戻って行く。

涙を腕で拭いながら、少しの間ぼうっとリビングで立ち尽くしていたがキッチンへと向かう。
大きな冷蔵庫を開き、食材を見て晩御飯の献立を考えてフライパンや鍋を用意し始めた。

もう帰って来ないかもしれないと思うと涙が込み上げるが、必死に押さえ込んで晩御飯の準備をする。
幻滅だけはされたく無かった。