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大谷に言われても球場へ足を運ぶ気にもならず、翌朝チェックアウトと共にバスや電車を乗り継いで山本の自宅へと戻って来た。無言のまま扉を閉めると、自室へ向かい着替えを手にして浴室へと向かった。

何度も顔を洗い、汚れてもいない体を何度も擦り、何度も鏡の前に立って気にしている。
あの1回で何もかもが崩壊してしまっていた。


自宅に1人の期間は長く、寂しい毎日となっていた。
山本からの連絡も一切無く、いつ帰ってくるかも分からない彼を今か今かと待っていた。いつの間にか夜風も生ぬるく、涼しいとは言えなくなっており、季節の流れを強く感じる。

やる気も何も無い中、玄関扉が開く音がした。
ハッと意識が覚醒して、椅子から立ち上がって玄関へと足早に向かえば、荷物を持った山本が丁度自室方向へ歩みを進めているところだった。

「由伸、よし。おかえり、由伸。」

何度も名前を呼びながら部屋の前まで彼の背後をついて歩くが、彼は一言も発さずに振り返りもしない。

「由伸、」

不安になり、小さな声で名前を呼べば彼はほんの少し振り向いてくれたがすぐに自室へと入室してしまい、廊下にポツンと取り残された。
何か悪い事をしてしまったのだろうか、もしかして掃除が行き届いていなかったのだろうか。不安な思いが心に渦巻きながら、彼が部屋から出てくるまで廊下でしゃがみ込んで待っていた。

扉が開き、彼が出てくるとすぐに立ち上がり、飼い主に構って欲しい犬のように後をつける。

「よし、」

もう一度名前を呼んだ。

「しつけーよ!!」

その途端、山本は歩みを止めて振り返ったかと思えば声を荒らげた。
華奢な肩が跳ね、行き場の無い伊近の手がそのまま自らのシャツを握る。

「……俺、女と遊ぶ為に仕事続けさせてんじゃないんだけど。」

冷たい言葉に伊近は何も言えなかったが、首をふるふると左右に振る。

「違う、遊んでへん、違くて、」

漸く声が出た伊近は、山本の腕にそっと触れて落ち着かせようとする。怒った彼を見るのは初めてで、不安と恐怖心が募っていくばかりだ。

腕を握られる事に不快感を覚えたのだろう。

「触んなや!」

と腕を上げて伊近の手を振り払う。
それと同時に、伊近のこめかみへ勢い良く肘がぶつかり、握った手も解けた。
彼女に叩かれた時と同様フラついた伊近は、彼から1、2歩後退り口を一文字に閉ざした。

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作者名: | 作成日時:2024年3月19日 21時

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