数センチ先にある君の心 (ページ13)

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今日もまた、依頼されたシッター先に足を運んでいた。
学校は祝日なのか休みらしく、親が帰って来るまで3人の子供の面倒を見ていて欲しいとの事だった。

山本も今日からは離れた場所で野球だ。初日だけの昼食だけを彼に持たせ、見送った。

「 " イチカ！ブランコ押して！ " 」

活発な男児がブランコの上で体を揺らしながら伊近を求めている。吹き抜ける風に顔を背けていた伊近は「 " 分かったよ。" 」と目尻にシワを寄せ、彼の背後に回った。

キィ、キィ、と鎖の軋む音が響く中、伊近の足元に来た女児がズボンを引っ張る。
彼女を片腕に抱きながら、男児の背中を押す伊近は傍から見ればその家の旦那のようにも見えた。

「 " ママね、イチカの事好きだよ。" 」

伊近の耳を強く引っ張りながら、腕の中の女児は言う。
一瞬風が止み、静かな時間が流れた。
大きな瞳の彼女は愛らしい笑顔を伊近へと向けながら、「 " イチカは？ "」と上擦った声で問い掛けてくる。

「 " あー…。いい人だよね。" 」

無難な返事だろう。眉を下げ、苦笑いを浮かべながら返事をすれば「 " 私もそう思う！ " 」と自信に満ち溢れた言葉を投げ返された。

ブランコに満足した男児は徐ろに庭を駆け、サッカーボールで遊び始める。
子供は可愛いが、母親になんか興味が無かった。

30分程遊び、昼食の時間となった為皆で部屋へと戻った。
ミートパスタを作ってやり、テーブルに置くと彼らは口周りを真っ赤にさせながら食欲旺盛に食べてくれる。
微笑ましく思いながら2人の姿を見つめていれば、玄関扉が閉じる音がした。

「 " お昼ご飯中？美味しそうね。" 」

と、女性の声がして伊近は振り返る。
そのまま彼女のネイルが施された綺麗な手が伊近への腰へと回され、背中から項までを撫で上げられた。

「 " 今日泊まって行かない？ " 」

真っ赤なリップの唇が、耳元でそっと囁く。
俯き気味の伊近は

「 " 今日はちょっと…。" 」

と断るが、彼女は引き下がらない。
甘い声で「 " お願いだから。" 」と懇願しながら伊近の髪へと指を通す。
早く帰りたいと強く思いながら、必死に首を横に振る。

母親の誘いを何度も断っていれば、彼女は諦めたのか伊近の唇に指をそっと触れるだけで満足し、この日は業務を終了させた。

帰りの静かな車内に携帯の通知音が響いた。
信号待ちで一瞬見てみれば、先程の人物からのシッター依頼だった。携帯を助手席へ放り、ハンドルに額をぶつけて小さく唸った。