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春の空気が強くなる。冷たい風に負けないくらい陽向は暖かく、心をも暖めてくれる。眠たくなる気候の中、リビングのソファでほんの少しの時間横になっていた伊近は静かに寝息を立てていた。
「……。」
クッションを両手に抱き、肘置きを枕にする伊近を見つめ、枕元にしゃがみ込む。
あちこちへと毛先が向いた黒髪をそっとかき上げ、何度も撫でてやる。毛繕いをする猿のようだ。
「可愛いね。」
山本は呟くが、寝入ってしまっている伊近の耳は彼の声を遮断して夢の中だ。
「……はぁ。」
色々な感情が籠ったため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がって最後に頬を手の甲で撫でる。
顔の縦幅が小さく、ツンと尖った鼻先と口元はお人形のようだ。
1時間程して目を覚ました伊近は、上体を勢い良く起こして周囲を見渡す。
猫のように大きな欠伸をした後、ゆっくりと立ち上がって静かなリビングを歩き回った。
「由伸?よしー。」
何度も山本の名前を呼びながら、寝癖のついた髪をふわふわと揺らして頭を動かし何度も周りを見渡す。
広い部屋のどこにもいない山本に少しだけ不安が残る。まるで親がいなくなって必死に探す幼児のようだ。
そんな時、ガチャっとゆっくり玄関扉が開かれ、陽の光と共に山本が顔を覗かせた。手には買い物袋が提がっている。
「あ、起きたん?おはよー。」
なんて、はにかみ笑顔で寝起きの伊近を見れば、片手に荷物を纏めて頭を撫でてやった。
「どこ行ったかと思った、起きたらおらんのやもん。ほんまに出て行ったんかと思った。」
「なに、変な夢でも見たの?」
買い物袋から冷蔵庫へと食料品をしまっていく。
背後で涙声で「うん。」と返事をした彼を振り返って視線をやった。
「由伸が出てった夢見た、めちゃくちゃ怒ってた。」
目を覚ました今、あれは夢だったと分かるのだが嫌なほどリアルで気持ちが悪く、話している今も不安で勝手に涙が込み上げてしまう。
珍しく弱々しく、山本の言葉に全て首を縦に振る姿が愛らしく、レジ袋を棚にしまうと伊近の元へと歩み寄った。
「大丈夫。ほら、俺おるやん。出て行かないって。」
伊近の後頭部へ両腕を回し、自身の肩へと顔を埋めさせる。
くしゃくしゃと頭を撫でてやりながら、山本も伊近の肩に頬を寄せ目を瞑る。
「ほんと、お前は俺の事好きね。」
「……由伸良い奴だから、好き。」
山本の背中に両腕を回し、くぐもった声で返事をするその言葉の意味は、友情か恋情のどちらだろうか。
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作者名:宮 | 作成日時:2024年3月19日 21時