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その日、安打やツーベースを放ち9回の最後には粘りに粘ってソロホームランを放った。4番バッターに選ばれただけあり、ファンからの怒声もプレッシャーも全てを最後にバットをスイングする力へ変え、ツーアウトから同点に並ぶ1発を打ち上げたのだ。このおかげか、打線は爆発。柳田も長打を放ち、松田も右中間へのヒットを放ち逆転で試合は終了。

"桝谷、怒りの一打!"

なんて番組では大々的に報道されたが、その一打にどれだけのストレスがかかっていたかは桝谷をよく知る栗原だけが分かっていた。

「…しんどい」

2人で食事をしに行った時の事。目の前で幸せそうに目を細めてチキン南蛮を頬張る栗原に桝谷はぽつりと呟いた。彼はその言葉を聞き逃す事をせず、顔を上げて飲み込むと

「…どうしたの」

と眉を下げて首を傾げる。
栗原にすら滅多に弱いところは見せない桝谷なのに、この日は珍しく自分から弱音を吐いたのだ。こんな弱った桝谷を見たのはいつぶりだろう。二軍生活だった時も決して泣き言ひとつ言わずにストイックに頑張ってきたのに、どうして今。箸を動かすことが出来ず、少し俯き加減の桝谷をじっと見つめた。
ハラハラと後ろに流されていた前髪が桝谷の視界に入り込む。

「打っても取っても野次られてる気がして…」

「…」

「……チビ、チビって。ちゃんとやれやって。高校の時を思い出す」

「最近Aに対して酷いなってのが増えたと思う、俺も。」

打っても取っても野次は飛ばされていない。けれど、一打席三振しただけで「今宮と代われ」「引っ込んでろ」と観客から、ましてや自身のチームのファンから野次られる事がトラウマとなっていてかなり桝谷を追い込んでいたのだ。幻聴かどうかも分からないくらいに。
そしてそれと重ねるように高校時代を思い出して余計憂鬱に、抱え込むようになっていた。こんな姿栗原にしか見せることが出来ない。

「最近、皆が僕を睨んでる気もする。打てなかったらギーさんが…エラーをしたら健太さんが…」

「…A。明日、俺と一緒に病院に行ってみようか。」

「…行く」

小さく頷いた桝谷の頭に手を伸ばして優しく撫でると「ほら。食べよう。今は目の前の事をめいっぱい楽しもうよ」と笑顔を見せてチキン南蛮を一切れ桝谷の皿に乗せた。

いつからこの不安感を桝谷は1人で抱えていたのだろう。
翌日、栗原は桝谷と一緒に精神科へと向かった。

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作者名: | 作成日時:2023年6月19日 17時

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