言うて二番煎じ

26 ページ26

病院に行ったが、幸い縫うほどの怪我でも無くたんこぶや青アザも数日で引いていくとのこと。診察を受けている時にはもう血も止まっていた。
骨にも異常無し、脳震盪なども無し。不幸中の幸いだった。いつも通りに練習も出来る為、特に気にする程でも無かったようだ。

柳瀬への暴力事件をスマホで撮影していた人も多く、ネットで拡散されて全国報道されるまでになっていた。男は逮捕され、この件に関しては柳瀬への同情的な意見も多く寄せられた。
けれど、過激なアンチは柳瀬に非が無くても叩こうとする。「火のないところに煙は立たない」なんて屁理屈を垂れながら。

チーム側は、柳瀬がファンサービスをする事をやめさせた。
少しの期間を開けるように言い、柳瀬自身も素直に従う。

「…」

「…さっきから何してんすか？」

「え？」

ドームでの練習。その間の少しの休憩。
柳瀬の背後から、こめかみに貼られた幅の広い正方形の絆創膏を撫でる周東に不思議そうに問いかける。

「早く治れっておまじない的な」

「韋駄天は治す力も韋駄天と」

「上手いこと言ったつもり？」

「言ったもん」

ぶぅっと口を尖らせ、頬を膨らませる柳瀬を見て周東は楽しそうに目を細めて笑う。
ふと、柳瀬の頬が気になったのか空気の溜まった彼の頬を潰すように触れる。指で押すと「ぶぇ」なんて言いながら空気を吐き出し、また怒ったように周東を見上げる。けれど小さな柳瀬が見上げて怒った所で威圧感も威厳も無く、ただただ可愛いだけなのを本人は知らない。

「ふふ」

と周東は笑いながら柔らかくてよく伸びる柳瀬の頬をつまんだり揉んだりと楽しんでいるよう。

「うきょしゃ…喋れん(しゃべえん)…」

「もうちょっと」

「しゃ、さい、ぁくや」

一向にやめようとしない周東に諦めながら、「最悪や」なんて呟く。
赤ちゃんの様に温かくて柔らかい柳瀬に常に触れておきたいのだろう。「大人しい赤ちゃんだね」なんて嬉しくもない言葉を周東から貰うと、「ぅ、う、うれしなぃ」と頬を揉まれている為回らない呂律で返事をした。

その姿は広報のスマホで撮影されており

「これ動画載せるの？耐久動画みたいな？」

「柳瀬選手特集みたいな感じで」

と周東と広報でやり取りをしていた。「誰も喜ばんぜ…」なんて必死に口を動かして柳瀬が辞めさせようとするが、広報と周東は全く聞く耳を持たずにいた。

27→←25

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す