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夜明け前の静かな分駐所には紙がめくられる音だけが響く。
蒲郡さんの新事実が発覚して、私達は蒲郡さんの事故を調べようと、捜査報告書を入手した。

4月5日の午後5時5分頃、八王子市葉野町1876-1前路上で発生したひき逃げ事件。
蒲郡さん家の住所…。ひき逃げは家の前で起きたようだ。

被害者は2人。
1人目は蒲郡麗子、58歳、内臓破裂により即死。2人目は蒲郡慈生、62歳、頭部外傷による入院。
そして、外傷による高次脳機能障害と診断。

鑑識が撮った写真には、不自然に折れ曲がった歩行器や、買い物帰りだったのだろう、無残に散らばった果物や赤い傘が。
さらに、被疑車両がぶつかったとされる白い塗料。

…ひき逃げの犯人は捕まっていない。






「Aの言ってた伊吹に対しての違和感って、なに?」

「蒲郡さんの家を出て、志摩さんがただの物忘れじゃないって言ってから…少しの間があって“何が?”と答えた時。あと、九重さんがキリシタン狩りの話をしていた時。
 伊吹さんは難しそうな表情を見せました。」


普段、伊吹さんは難しい話をされた時「むじぃこと言うなよ!」と考えるのを放棄する。
でも、ずっと浮かない顔、何か考えるように難しそうな顔、私が見ると誤魔化すように笑う顔、全部に違和感を感じていた。



「伊吹さんは蒲郡さんに病気で亡くなったと聞かされたのは…多分間違い無いと思います。私達に病気だと誤魔化す理由がないから。
 でもどこかで違うと気づいていた。所々折れ曲がった歩行器にも多分、気付いていた…」

「根拠は?」

「…ないです。
 顔とかは見間違いだろ、って言われたら頷くしかないです。記憶にはバイアスがかかりますし、私自身もしかしたらねじ曲げてるかも」
「そうだな」

志摩さんなら信じない。わかってる。
ただ、私の中で「なんだろう」と思っていた違和感が、違和感のままでは終わらなかっただけ。終わってくれなかっただけ。
蒲郡さんも伊吹さんも、おそらく何か隠してる。


「でも、その可能性は捨てきれない」
「え…」
「今回の事件…アイツの勘全然働かねぇんだよな」
「勘って…信じないんじゃ?」


「伊吹の場合、五感が人より優れてる。でもその分語彙力が無いため“勘”で済ませるんだ。
 最近アイツの生態がわかってきた」



そう言って志摩さんはふっと鼻で笑った。でもそれは呆れた笑いでなく、優しい表情をしていた。




「堀内が売った峯岸の車、調べてみるか」

「はい。」







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作者名:古町小町 | 作成日時:2020年10月18日 17時

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