のんきな猫と死にたがり 3 (ページ28)

今日:6 hit、昨日:4 hit、合計:82,071 hit

8#7 ページ28

・

捜査会議を終えて私たちは八王子南警察署から羽野さんのいる官舎に向かった。

「Aちゃん本当に降りないの？」

「降りる理由がないので。
　あ、伊吹さんゴミついてる」
「…さんきゅ！」

メロンパン号を降りる直前、伊吹さんの頭を右手で触ると私は左手でフードの中に盗聴器を仕掛けた。

「じゃ、お留守番よろー」
「頼んだ」
「あい。いってらっしゃい」

2人が車を降りたのを確認すると、私はインカムをつけてない右耳にイヤフォンを装着した。
助手席に座れば中のロビーの様子が見えるが、そこまではしなくていいか、と荷台で背もたれに寄りかかる。

聞こえてくる会話に耳を澄ませる。
声質的に志摩さん伊吹さんに加えて、羽野さんとゆたかくんの4人。

『上がって行きなよ！』
『仕事中ー』
『仕事じゃなきゃこいつと来ないよ』
『あのね、この人こんなこと言ってるけどね、俺のことだーいすきなの』
『自信過剰か』

夫婦漫才かよ、と思わずツッコみたくなった。ロビーには羽野さんもゆたかくんもいるはずなのに右耳から聞こえる会話はほとんど伊吹さんと志摩さんが占める。ほんと2人って、気持ち悪いくらいに相思相愛だよな。

…でも、羽野さんもゆたかくんも元気そうでよかった。

『志摩…悪い奴捕まった？』と、ゆたかくんの不安げな声が聞こえる。

家に盗聴器が仕掛けられてからもう2ヶ月経つ。なのに慣れ親しんだ家に帰れない。
不安、だよな…

警察といえど捜査範囲は限られていて、私みたいな下っ端の警察官なんて特に、制限のせいで自由に動けない。というのは建前で、刑事でなくなれば動けることもあるだろうな。

…一瞬刑事をやめる考えが頭を過ったが、思いとどまった。
やめる勇気が出ないというのが正しいか。

思考を4人の会話に戻す。するとゆたかくんが志摩さんを上に連れていったようだ。
ロビーにいるのは伊吹さんと、羽野さん。

『…私がいなければ家を出なくて済んだ』
『ハムちゃんのせいじゃないっしょ』

『だけど…いつまで迷惑かければいいの？ゆたちゃんだってまだ小さいのに、巻き込んで』

泣きたいのは私じゃない、羽野さんの方なのに言葉が心臓にグサグサと矢が刺さって視界が滲む。
違う、羽野さんのせいじゃない。こんな状況に陥ったのは、私のせいだ。
でもこんな言葉をかける権利も会う権利も私にはない。

『俺と住む？』

突然の伊吹さんの発言に私は涙が引っ込むのと同時に右耳から勢いよくイヤフォンを取った。

→