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_ピンポーン
世田谷区のマンションの6階
横断幕を垂らしている部屋のインターホンを鳴らす。
「はーい」と中から出てきたのは髪をお団子にした若い女性だった。お腹が膨らんでいる。多分妊婦さん。
「110番してくれたの誰?」
「俺の…相棒の刑事で、
職務上名前は明かせませんが今は、ここにはいないんです」
志摩さんはゆっくり言葉を選びながら答えた。
「いやーまじでねやばかったの。
部屋に入ってきた男と取っ組み合いしてー
殺される!って時にサイレンの音が“ぱーふぉーぱーふぉー”って!!
天使のラッパみたいに聞こえた!」
「分かるわぁ〜」
「ずっとあの張り紙を!?」
「あれはー、先月からダメ元で。ここ、引っ越す事になったんですよ。
それで、ふッと思い出して…
通報してくれた人がいなければ、私も…この子も?
マジで生きてなかったなーって!!」
大きく膨らんだお腹を撫でながら軽い口調で彼女は言うが、当時は本当に死を覚悟したのだろう。
そんな彼女を…
今となっては二つの命を香坂さんの、あの通報が救った。
「はー、でも結婚前にスッキリして良かったわー!」
「ご苦労様でした!」と彼女から缶コーヒーを3つ受け取り、私たちは彼女を背にして歩き出した。
「あー!」
後ろから、何か思い出したような彼女の声が聞こえて振り向く。
「その人にくれぐれもお礼言っておいてください!
あなたのおかげで、元気で〜す!」
無邪気で可愛い笑顔を見せる彼女を見て志摩さんは
「…はい 必ず伝えます」
と力強く返事をすると今までに見たことないくらいに穏やかな表情を見せた。
その姿に私は目頭が熱くなるのを感じた。
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香坂さんのビルに戻ると志摩さんを一人下に残して、私たちは屋上へ上った。
最初ここに来た時はまだ明るかったのに、今では空が赤く染まっている。
手すりに寄りかかりながらさっき貰った缶を開けて、ゴクッと一口飲んだ。
「…伊吹さんは凄いですね」
「ん?なに、惚れちゃった?」
「それは無いですね」
「即答かよ。」
伊吹さんに志摩さんの過去を知りたいか問われた時「いえ」と言っておいて、結局最後まで調べてしまった。
本当、カタツムリみたい。殻に閉じ籠っていたのに良い所だけ飛び出して…なんか今日の私はかっこ悪い。
今朝は、人の心に不躾に入ってくる伊吹さんに呆れていたというのに、その無遠慮さに今では小さな嫉妬すら芽生えていた。
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作者名:古町小町 | 作成日時:2020年10月14日 21時