【基礎工事】 ページ43
「わー、やっぱりそうだ!お久しぶりです〜!」
小さく手を振りながらこちらに駆け寄る姿は、ぽわぽわきゅらら〜が背景に見えている。フロアの喧騒が遠い。足が棒になったように固まったまま動かない。緩みそうだった頬は一瞬で引きつってしまった。
この状況は、どう見ても2ヶ月も職場を無断欠勤した私が、平気のへっちゃらで外に出て百貨店で買い物を楽しんでいるようにしか見えない。
最悪だ──。
ピタリと目の前で足を止めて、ちらりと竜胆さんを見た後輩は、またにこにこ笑顔花丸満点でこちらに視線を戻した。
「お会いできて嬉しいです!ほんとにお久しぶりですね〜」
「ひ、久しぶり」
今すぐどこにでも行けるドアで、ここじゃないどこかへ行きたい。
「先輩、来月から急に本社異動することになって、残りの有給全部消化するって聞いたからもうお会いできないかと思いました!」
「……え?」
「異動出るまでは寿退社の噂もあったんですよ〜!あ、もしかしてカレシさんですか?はじめまして!いつも先輩にお世話になってます」
「いや、あの……」
後輩の口から飛び出してくる言葉はまったく理解できない──、聞いたことがない言語のようだった。当人不在の間に決まっている異動。そして、どこから湧いたのか寿退社の噂。今、私を他所に目の前で進行する自己紹介で竜胆さんの口から出る言葉すらまったく知らない事実のオンパレードだった。
私達は付き合っていることになっていて、竜胆さんの肩書きは彼氏ということになっている。けれど、私の認識では私達は付き合っていないし、有給だって取った覚えはない。ついでに言うなら寿退社の予定もなければ、異動についても聞いていない。いきなりの有給消化だって申請していないのに不自然すぎる。
「カレシさんにお会いできるとは思ってなかったので、すごく嬉しいです!」
「ちょっと待って!違うから!」
進む自己紹介を止めたくて声を上げるが、「えー!一緒に住んでるんですか!?」と、人の話を聞こうともせずに目をキラキラさせて後輩が一人盛り上がっている。私と竜胆さんが一緒に住んでいたのは今朝までの話だ。
私そっちのけで認識が作られていく。それが真実になっていく。
電話もレンジもタイムマシンもなしに世界線でも越えたか、と疑うくらいに自然に全てを変えられている。何が「Aが世話になってんな」だ!
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作者名:はいず | 作成日時:2022年7月31日 22時