コウモリ傘【灰谷竜胆】 (ページ30)

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【約束どおり2】ページ30

「それはできません」という言葉は、意志に反してどうしても吐き出せない。ひっかかった魚の小骨が喉を刺す時のような、チクチクとした痛みが胸を襲う。

いけない……。

「A」

竜胆さん。これ以上、何も言わないでください。

「ちゃんと見ろよ」

「すみません。よく、聞こえません」

「すっとぼけんな」

「…………」

頭上でため息が溢れた。

「縦以外に振らせる気ねえから。首洗って覚悟決めとけ」

何も返さない──。はいも、いいえも。

ただひたすらに目を閉じてうるさい心臓が静かになるのを待つ。治まれ──、と心の中で唱えるけれど、どれだけ待っても唱えても一向に鎮まらない。反対にすうすうと聞こえる穏やかな寝息。言うだけ言って寝た……。

「竜胆さんのバカヤロー……」

さっきの言葉は、誰が聞いてもそういう意味だろう。

竜胆さんはいい人だ。気さくで、ちゃんと話を聞いてくれて、いろんな話をしてくれる。好きな音楽やお兄さんの話、やんちゃだった頃の仲間の話。

けれど、それだけ。いい人、なだけだ。そうでなくちゃいけない。竜胆さんとは、住んでる世界が違いすぎる。

「できるわけ……ないじゃないですか」

竜胆さんを感じる部屋。どうやったって意識させられる。
ぎゅう、と締まる胸の痛みに、気づかないフリをした。