彼と俺と皆と ページ5
今日は、退院の日。
いつものように「山本祥彰様」と書かれた病室に入る。
今日でこの病室に入るのも最後だ。
「山本さ〜ん!今日退院で、すよ…」
入った瞬間に感じたのは謎の既視感。多分、山本さんの寝顔だろう。
意識がないときに寝顔のようなものは何十回も見てきたが、今日の寝顔は違う。
温かみがあって、まるで天使のような、寝顔。
同棲中は毎日同じベットで寝ていたため、毎朝毎朝俺は涎を垂らしてふんわりと笑って寝ている山本さんを見てきた。それで、朝が弱い山本さんをなんとか起こして、キスして……あぁ、駄目だ。目の前にいる人をぎゅっと抱きしめたくて仕方がない。だが、そんなことをしたら山本さんに引かれるのも怖がられるのも目に見えている。
涙が出そうなのをなんとか抑えて、山本さんの肩を揺すぶる。
「山本さん、起きてください。」
「んぅ…こ、ちゃ、?」
とろんとした目をしぱしぱとさせて体を起こした。
「ん?今日早いねえ。」
「退院って前言いませんでした?」
「え、そうだっけぇ…?」
こういう自分にルーズなところは何も変わってないな、と実感した。そう、彼は他人のことにはすごく敏感でお節介なくらいに気を遣うくせに、自分のことになると疎く、無理をしやすい。体調が悪いのに我慢していて、仕事中に倒れて怒られていたこともあった。
「今日仕事場に行くんですけど、山本さんどうします?」
「い、行こうかな。」
「…そうすか」
断ると思っていたから正直驚いた。
まあ、彼のことだから迷惑をかけてしまったとでも思っているのだろう。全然そんなことはないのだが。
色々な支度を済ませ、「退院おめでとうございます!」とか、「頑張ってください!」とか、温かいメッセージをたくさんもらって病院から出ていく。
そして予め呼んでおいたタクシーに乗り込み、会社に向かっている途中だ。
あと10分くらいで着くだろう。
そう考えながら、山本さんに不意に視線を移すと、下を向いて俯いているようだった。うーん…。山本さんでもやはり心配なのだろうか。
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作者名:ハル | 作成日時:2021年2月10日 20時