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俺の頭の中は『絶望』『恐怖』それでいっぱいだった。
俺のことを知らない山本さんなど見たくない。拒絶されるかもしれないと思うと怖くてしかたない。だが、俺のことを思い出してもらってまた愛し合いたいというのも、俺が行動を起こさないと何も変わらないというのも、確かだ。
そう思い、決意を固めて震える右手をなんとか抑え、ドアノブに手をかけた。

「失礼しますね」

中に入ると、一緒に過ごしてきて見たことのない無表情で、天井を見つめている姿があった。
それは紛れもない山本さんなのだが、もう俺が知っている山本さんではないのだろう。俺が入ってきたのに気づくと、少し怯えたような表情した。

「ごめんなさい。いきなり知らない人が入ってきても怖いですよね。自己紹介、してもいいですか?」

彼が小さく頷いたのを確認して、口を開いた。

「俺、渡辺航平って言います。山本さんよりひとつ年下です。こうちゃんって呼ばれてるので、山本さんもこうちゃんって呼んでください。で、同じ職場に働いていて、それで、あ、何でもない、です…」
「…?」

恋人であることをうっかり伝えようとした。だが、今の彼にそれを言うのは得策では無いだろう。
また色々と混乱してしまうだけだ。
同棲していることをどう取り繕うか、一瞬その考えが頭によぎったが、まぁ俺ならなんとかできるはずだ。言い訳は後で考えるとしよう。


「同じ職場の人紹介しときますね。この人は伊沢さんっていいます。クイズがとても強くて、この会社の社長です。」
スマホで写真を見せて説明した。山本さんは少し興味をもったようで、体を起こしてスマホを見ている。
「クイズ、やってるんですか?こうちゃんも?」
「そうです!俺は伊沢さんには敵わないですけどね。山本さんもクイズ強かったんですよ!」

敬語なのに少し違和感を覚えたが、山本さんとまともな会話ができた。クイズという言葉に反応したところが、山本さんの面影が残っていて嬉しく、微笑ましくなる。近々一緒にクイズをやろう。何か思い出すかもしれない。




その後はひたすら話をした。山本さんのこと。皆のこと。俺のこと。今日卵を割ったら黄身が二つ入っていたこととか。
最初は俺に緊張しているように見えたが、話しているうちにこちらの話に相槌を打ってくれたり、笑ってくれたりしてくれた。
これならすぐ色々な人にも慣れるだろうし、これからもやっていける気がする。
俺は一筋の光が見えたようで、またくだらない話に花を咲かせた。

彼と俺と皆と→←心に空いた穴と期待



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作者名:ハル | 作成日時:2021年2月10日 20時

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