８６．矛盾だらけの心 ページ36
サンジside
「どうしてそんなに、やさしいの」
「それは…」
“あと一度でもやさしくしたらAは一生サンジ君のこと忘れられないわよ”
ナミの言葉がよぎり、伝えることをはばかられる。
「ごめんなさい。ひとりにさせて」
「わかった」
この場から離れようとして思いとどまった。
本当にこれでいいのか。
このままなにもなかったことにすれば、後悔するのは目に見えている。
「好きだ」
彼女の目は見開かれており、涙をためていた。
「…それもサンジ君のやさしさ？」
「ちがうな」
「これはおれのわがままだよ」
おれはやさしくなんかない。
きみの心を縛りつけるとわかっていながら、伝えてしまったのだから。
それでも、
忘れてほしくない。
他のだれにも渡したくない。
絶対に。
Aさんを忘れられないのはきっとおれのほうだ。
Aside
気づかされた。
もうすでにこの気持ちは手遅れなのだ、と。
恋を手放すのはこんなにも辛いものなのだ、と。
「後戻りできなくなるのがこわい」
ここであなたを知ってしまえば、一生忘れることができない。
関係が進むのがこわい。心が近づくのがこわい。あなたを失うのがこわい。
失うくらいならいっそのこと突き放したい。
なのに、あなたを受け入れたい。
矛盾だらけな心 が判断を鈍らせる。
「Aさん」
いつになく真剣な瞳に警鐘が鳴り止まない。
目を逸らすことは許されなかった。
「もしもおれを選んでくれたなら、後悔なんてさせねェ」
ピアスに触れた彼の手が耳から頬へと移動した。
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作者名：NAV | 作成日時：2023年11月1日 22時
