溺れて、みずうみに (ページ7)

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『お前の婚約者だ。失礼のないようにしろ。』

父のその言葉が、ずっと頭に響いていた。

亮平といる時間が楽しすぎて、忘れていた。

なんでも出来るような気がしてたけど、そんなことはなかった。

ただ父の言うことを聞いて、父の言われた通りに生きるだけの、父の商売道具。

何一つ変われていなかった。

こんな状態で亮平に会いたくなくて、図書館にもしばらく行かなくなった。

亮平も舞台が忙しくてあまり大学に来れてないみたいだったから、不審に思われることはなく、そのまま新学期を迎えた。

会いたい。

会いたくない。

会いたい。

会いたくない。

そんな葛藤をしているうちに、足は図書館に向いていた。

案の定彼の前で普通になんて出来なくて、案の定彼はそんな私を心配した。

なるべくいつも通りにしようとしても無理で、隠したとしても簡単に見破られてしまうことは想像ができた。

ふと、鞄の中の2冊の本が目に入る。

あぁ、まるでこの世界の登場人物のようだ。

そう考えたら、割とすんなりと言葉が出た。

「結婚。」

「…っえ…？」

「親が決めた相手と、するの。」

目をまん丸にして見つめる彼に、「古臭いよね。」と自嘲してみる。

目の前に彼の手が伸びてきて、私に触れようか触れまいか彷徨っていた。

私は逃げるように立ち上がって、鞄の中の本の片割れを彼の目の前に置いた。

ジャニーズの彼と、婚約者のいる私。

結ばれないことはわかっていたから、少しでも繋がりを残したかった。

でも、間違っていたかもしれない。

さらさらとした髪の隙間から見える、本を見つめる彼の表情をみて、悟ってしまった。

「あぁ、彼も私のことが好きだったんだ。」と。

一刻も早く立ち去りたくて、早口で話を終わらせて図書館を出ようとする。

「Aにとって、これは何？」

亮平との繋がり。

亮平との馴れ初め。

思い浮かぶ言葉はあったけど、一番しっくりきたのは「私たちに1番近い世界。」だった。