私はわたしー愛しい距離４ー

１７４ ページ24

少しの沈黙の後、加納くんは

俯いていた顔を上げて、

前を見つめながら、苦笑いで口を開いた。



嘉「…やっぱり、ダメだったか〜。」


「そんなっ…、」



嘉「本当は、少し気付いてたんです。自分じゃダメな

んだろな〜って…。」



「加納くんはダメじゃないです！私が…、私がいけな

いんです…。未練タラタラな自分が…。」



語尾が小さくなるにつれ、自分の手元に視線を落と

す。



嘉「いや未練も後悔も、全部自分が忘れさせてやるっ

て思ってたのに、こちらこそカッコ悪いです…。」




やっとこっちを見た加納くんは、眉を下げて苦笑い。



それを見た私は初めての感覚で胸が痛み、否定の意味

を込めて首を横にふるふると振った。




嘉「…壱馬さんの事…、まだ好きなんですね…？」



「…はい…。」




まさか加納くんにこんな事、聞かれる日が来るとは少

し前の私には思ってもみなかった。




でも、よくよく考えればつい最近、壱馬くんの家で朝

まで過ごした事も考えてもいなかった事。




きっと人生は、案外そんな風に行き当たりばったりな

事だらけなのかもしれない、と痛感する。




ただ、そんな中でもどんな選択をするかで、自分の人

生は形作られて行くことは確かだ。




だから私は今、人生の選択の場面に直面しているん

だ。





「…加納くんが前に言ってくれた、絶対悲しい思いも

辛い思いもさせないって言葉、すごく嬉しかったで

す。」




以前、加納くんと歩むと決めた時言ってくれたあの言

葉は素直に嬉しかったし、悲しみに溢れていた私に一

筋の光が手を差し伸べてくれたように、救われた。




「確かに壱馬くんとは悲しい思いになることが多かっ

た気がするし、そんな気持ちになるのももう懲り懲

りって正直別れた後、少し思ってた自分もいまし

た。」




「だけど…、」



その瞬間、様々な表情をする壱馬くんが脳裏に浮か

ぶ。




「その人に対して嬉しかったり悲しかったりの感情に

なってこそ、本当に好きな人なのかなって、思ったん

です。」




そう言って自分の手元から加納くんを見ると、彼は既

にこちらを見ていて、下唇を噛む仕草をしてから、




嘉「それが…、壱馬さんなんですね…。」




私も小さく頷き、一呼吸おいてから、




「でも加納くんの考える、悲しい思いや辛い思いをさ

せたくないっていうもの間違ってないし、その気持ち

はとても良いことだと思います！」

１７５→←１７３

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す