楔荘が楔じゃなかったら。 (ページ10)

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10　あかんなーページ10

嫌好は霞む視界を鬱陶しく思い、目を覚ます。
「…禊…！」
「おう、起きたか。」
「お前…！」
「まぁまぁ、そう怒るなや。ほれ、これでも食って落ち着きぃ。」
　男はトマトを投げ渡す。
「俺はアーサー。スペイン人とオーストリアと日本人のハーフや。」
「…？」
「これ、妹。かわええやろぉ！」
　アーサーはスマホの写真を見せる。
「…。」
「何とか言いや。」
「…禊の方が可愛い。」
「よう言いよりますわ。」
　アーサーはトマトをかじりながら笑う。
「…それ、何読んでるんだ？」
「禊の論文。今回は結構ええ出来や。ほんま美しいわぁ。」
　嫌好が覗き見ようとして、
「あーあかんで！これは企業秘密みたいなもんや！」
「何で。俺は禊の全てを知ってる。」
「…それ、本気で言ぅとるん？」
「は？」
「お前はまだ禊を知っとらん。俺やて、全然知らんもん。けどな、お前は知ったふりして本当は知らない。それか、知らなきゃよかったから、思い込みで自分の中の禊だけ信じとる。」
「お前に何が分かる！」
「なぁんにもわからんで。客観的に言ぅただけや。」
　アーサーは立ち上がり、
「お前の真実は、本当に真実か？え？」
「真実は真実だろう。」
「あかんなー、コイツ話にならんわー。」
　アーサーはリビングを出る。
「禊ー、俺帰るなー！」
「はあ!?もう帰るん!?」
「妹の塾の迎えあるもん。」
「せやったらしゃあない。気ぃつけや。」
「おう。お邪魔したなー。」
　アーサーは帰って行った。
「せっかくあの詐欺中国人からもらったお茶出そう思ったのに…。」
「禊。」
「…一緒に飲むか。」
「うん。」
　嫌好の横に禊は座る。
「腹、大丈夫か？」
「禊が撫でてくれたら大丈夫。」
「じゃあ大丈夫だな。」
　禊はお茶をすする。
「…アイツな、親戚がらみの奴なんだ。血はつながってないが。」
「論文って？」
「…なあに、ただのつまらないポエムみたいなものさ。哲学。」
「なにそれ読みたい。」
「無理だ。あれはスワヒリ語だ。」
　嫌好がつまらなさそうな顔をする。
「…探してるんだ。生きる意味を…。」
「禊…？」
「…Nia…。」
　嫌好はその言葉がどこか聞き覚えがあったような気がした。
(ニーア…ニーア、アルヴァンド…その先は、何だっけ。何の言葉だっけ。誰の、名前だっけ…。)
　昔、禊がよく口にしていた言葉。
　幽かな、消えそうな声で口にしていた。