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少女が、次はどの店に入ろうかと目を輝かせていると、街の中心部から更に賑やかな声が聞こえてきた。その賑やかな声の中に、微かに聞こえる歌声。勿論少女が興味を示さないはずは無く、キラキラとした目で広場へと駆けていった。
歌声の聞こえた中心部に辿り着けば、そこには沢山の観客がいた。その観客達の間を、小柄な体躯を利用してスルスルと前へ進んで行く。ゾムも見失わぬようにと屋根の上から人だかりを見下ろした。
人の背中で全ては見えなかったが、美しい歌声で歌う女性と、蝶のように舞うバックダンサーたちの姿が見えた。中心部に植えてある花々の花弁の中で行われるそれは、何とも魅力的だ。
少女はその光景にうっそりとしたまま、深く息を吐く。周りを見れば、家族と共に笑顔を浮かべる者や恋人と寄り添い聞き惚れている者、友達と走りながらはしゃぐ者、多くの幸せが溢れていた。
(あぁ、叔父様。私、何も分かっていなかったのね。伝統だからだとか、公爵家だからだとか、そんなの関係ありませんわ。この国を、国民たちを守りたい。この幸せを壊したくない。だから、戦うのですね。敵を、殺すのですね)
様々な教育を幹部である彼らに施されてきた。それだけじゃない。ここに来る前にも、両親からも次期当主として育てられてきた。
勿論、少女だってこの国を守りたいと思っていなかった訳では無い。だがそれは義務的なものからくる気持ちでもあった。けれど、この祭りで見た光景を、人々の笑顔を、真に守りたいと思えた。
(……エーミール様。貴方が聞いた覚悟とは、こういう事なのでしょうか)
かつてエーミールに聞かれた”軍人としての覚悟”とは、気持ちのことか、それとも──
気が付けば音楽は止み、人混みもまばらとなっていた。少女もそろそろ戻ろうと踵を返す。しかし、視界の奥で先程の歌手が路地裏に入っていくのが見えた。素晴らしかったと感想を言いに行こうと思い立った少女はその後を追う。人の並をスルスルと抜けて、少女は路地裏へと辿り着いた。
見えた背中を呼び止めて駆け寄る。その女性が振り向いた瞬間、少女は目を見開いた。
「貴女……リューゲ?な、何故ここに?」
「お嬢様……!」
「いえ、それよりもとても素敵な歌声──っ」
「……ごめんなさいね。お嬢様」
「ひひ、ラッキー」
人々の笑い声、はしゃぐ声。その裏で着実に、闇を纏わせた何かが蠢き、這い寄ってきていた。
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とうふ(プロフ) - 白猫さん» ありがとうございます!ノロマな更新ですが、これからも応援よろしくお願いします (2020年4月17日 19時) (レス) id: df35f93799 (このIDを非表示/違反報告)
白猫 - 面白くて一気に読んでしまいました!笑 とても面白く想像しやすかったので、楽しく読めました! 更新頑張ってください。応援してます! (2020年4月17日 7時) (レス) id: 324236a98a (このIDを非表示/違反報告)
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