藍沢先生。3 (ページ19)

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ー灰谷 side ー

初療室で器具の補充をしていると、白石先生が入ってきて僕に「もう帰った方がいい」と告げた。

僕は、あの騒ぎがあってから、ずっと白石先生に謝ろうと思っていた。

「あの..白石先生..」

「ん？」

「すいませんでした..シアン騒ぎの時」

「え？」

「僕あの時..患者さんのことも、倒れた冴島さんのことも考えられませんでした..ただ、怖いって..怖くて..」

僕の言葉に、白石先生はなにも返事をしてくれなかった。失望しただろうか。いや、もうしているかもしれない。最初からしてなかったのかも..

そう一人で思えば思うほど目線と同じように考えも下がっていく。

「..僕は臆病者なんです。..僕は医者には向いていません」

「.....ダメージコントロールのポイントってなんだかわかる？」

「え..あ、アシドーシス、低体温、凝固障害..」

「うん、それも大事ね。でもね、ダメージコントロールの一番のポイントは、臆病であること」

え？

そんなこともあったのか、と驚いて白石先生を見ると僕を見て少し微笑んだ。

「秋元さんの場合、出血を止めようと無理にオペを続行していたら、最悪の事態になっていたかもしれない。あのとき、このままやるのは危ない、って手術をいったん中断したから、秋元さんは生きてる。その判断ができたのは..藍沢先生にも、臆病な一面があったからよ」

白石先生の言葉に、僕は何も言えず黙ってまた下を向くしかできなかった。

「灰谷先生が医者に向いているかどうかは、分からない。私だって、毎日..自分は向いてない、って思うし..」

「だけど、臆病であることも、医者の素質として必要だと私は思う。」

「..」

「シアンの匂いは、感じる人間と感じない人間がいる」

「え？」

「感じるのは４０％で、お前はたまたまその４０％のうちの一人だった。..それで、..患者と冴島の命を救う行為に貢献した。」

二人の言葉に、僕は何も言えなかった。

けど、嬉しかった。直接よくやった、と言われたわけでもないが、遠回しにそう言われている気がして。

これからも、医者を続けていこう。