雀百まで踊り忘れず ページ6
「ヴァイオリン、いつ始めたんですか?」
「…………アクドルだったとき、特技は多い方がいいと、社長に」
「じゃあ、他の楽器も?」
「…………はい、」
音楽の才能があったかはわからない。
ただ、私を拾ってくださった、社長に心酔していたから、生きる為にと、始めた音楽。
辛い記憶を掘り起こしているようなものなのに、どうしても、辞めることはできなかった。
「モネ先生の過去を聞いても、僕が実際に体験したわけじゃないので。言えるのは、せいぜい、これくらいですよね」
「有難うございます、音楽を、続けていてくれて」
っ、
「別に、それは……好きなものを、続けていたに過ぎないですし、」
「でも、オリジンはアクドルじゃないですか。僕だったら多分、音楽ごと、昔の記憶を忘れようとするので」
「これからも、宜しくお願いします。我らが音楽教師の、フェネクス・モネ先生。」
「………………はい、」
久しぶりに、顔が歪んでいる気がする。
アクドルだったころ、演技でやって以来の、この、目頭の熱さ。
いつの間にか鎮火していた煙草は、するりと指の間を抜けていく。
「……ここなら、顔は見えないので」
そっと、肩に手を回されて、彼の胸に額が当たる。
ヒトはこうも暖かかったのかと、彼の服の端を握りしめる。
『辛』に1足すと、『幸』。
私にとっての“1”は多分、今なんだろうなと、そう思った。
ーーイフリート・ジン・エイトは、思った。
彼女は綺麗だ、と。
ヴァイオリンの音色から、薄々分かってはいたのだろうが。
真面目で責任感が強くて、時々ぶっ飛んでいて、教師であることに誇りをもっている、それが彼女。
尊敬すべき先輩だし、生徒たちからも、そして教師陣からも、なんだかんだ人気で。
そんな彼女も、実際は、ただの女性なのだ、と。
涙で冷えていく服を感じながら、
そう、思った。
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作者名:Sela | 作成日時:2023年3月19日 10時