第2章-1 ページ11
思えば、母は短気で、世間体を気にする人だった。
子供を虐待する親はよく腕に煙草を押し付けるとか、服で見えない部分を殴るとかしているようだけど、あの人はそういうことは絶対にしなかった。
喫煙者じゃなかったというのも理由かもしれない。けど、たとえ喫煙者でもしなかっただろう。世間体を気にすれば、学校のプール、運動会、お泊り会など、どう頑張っても体の傷を隠し切れない状況が来る。
じゃあどうしていたのか？
簡単だ。
身体ではなく心を傷つければいい。
「なんであんたなんか受け入れたんだろう」
「頼むから消えてくれない？」
「あんたは誰からも嫌われている」
「好かれてるとでも思ってるの？どうして？」
「あたしが世話しないとすぐ野垂れ死にするからね、感謝しなさいよ」
施設なんだから、身寄りのない子供を受け入れるのが仕事のくせに。
他に頼れる親族がいないって知ってるくせに。
嫌われないように頑張ってるのに、上手くいかない。
ただいまと言っても、おかえりなさいとは返ってこない。
おはようと言っても、おはようとは返ってこない。
ありがとうも、ごめんなさいも、私は母から言われたことがなかった。
そんな母が「ごめん」と謝ったのだ。
この世に私と夏を残して死ぬことに対して？
出ていく父を止められなかったことに対して？
今までの全ての言葉や行動に対して？
……詳しくは分からない。けど、今まで『私を支配する』立場にいた母が、初めて私と同じステージまで降りてきてくれた気がした。
だから私は、母を救うために動く。
ゾンビだか何だか知らないけど、今までの知識を生かして生き残ってみせる。
◆ ◆
奴らは音に敏感だけど、脚は遅い。目が見えているのかどうかは分からない。だけど、奴らが近づいてくる前に進んでしまえば何とかバレずに躱すことができる――ということがわかった。
私たちが住む閑静な住宅街は全く『閑静』ではなくなっていたけど――隣の家のおばあちゃんが孫に襲われているところとか、自分の家で英会話教室を開いていたご近所さんが犬に襲われているところとか、そういうのを全部全部無視して、私は静かに走った。
私は高校で陸上部に入ってるから並大抵の人間よりは足が速い自信があるけど、さすがに犬より速いとは思わない。
犬を敵に回して生き残れる自信はない。
日本には銃がないから。
(ごめんなさい)
(でも今は――お母さんを助けたいの)
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作者名：めいろ | 作成日時：2019年12月16日 22時
