Don't let go, can't let go． (ページ13)

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それからというもの、私は動揺で部屋を整えに来たはずなのになんにも手がつかないまま、道枝くんが手早く準備を終わらせていく。

駿｢ベッドはこんなもんで…｣

駿｢あー、風呂は…ええか｣

駿｢あと水…コップは…これやな｣

そんな呟きを聞きながら、私は道枝くんの後ろをとことことついて回ることしか出来なかった。
さっきの言葉が頭の中をぐるぐると回る。
なんと言っても、ここはその当事者である大橋くんの部屋だ。
考えずには居られない。

あの時のいい匂いが、部屋の中に充満していて、それがまた彼を思い出させる。

部屋の主のことを考えてることなんて、きっと道枝くんだって分かっていたはずだ。

駿｢ふぅ…こんなもんでええか｣

駿｢――さん？…Aさん？｣

『え？』

名前を呼ばれ、はっと顔を上げると心配そうに覗き込む道枝くんがいて、びっくりする。

駿｢大丈夫？｣

『だ、大丈夫、大丈夫
なにもかも準備してもらってごめんね…』

駿｢ええよ、こんくらい。気にせんでな｣

『ほんと、ごめん…』

部屋を整えに来たはずの私は、ほんとに道枝くんの後ろをついてまわるだけで何の役にも立っていない。
その彼はもう一度周りを見渡して、これでええかなーなんて言っている。

『(ほんと、だめだ私…)』

『…ほんと何の役にも立たなかったよね、ごめんね』

何度目かの謝罪の言葉を口にする。
見上げれば彼は心配そうに微笑んでいて。

駿｢気にせんでええよ？｣

『でも…』

駿｢そうやなぁ…なら俺、悲しい顔のごめんより、
笑顔のありがとうが聞きたいかな｣

なんて口にするものだから、ふっと気持ちが軽くなった。
ありがとうの言葉と思わず漏れた笑顔。
すると彼は、それがええよ、とまた柔らかく笑った。

彼の雰囲気はどこまでも優しくて、包み込んでくれて。でもちょっと可愛らしいところもあって。
こんな人と付き合える人は本当に幸せなんだろうな、なんてちょびっと考えてしまって。

あんなに大橋くんのことでいっぱいだった頭は、少しずつ道枝くんで上書きされていっているような感覚を覚えた───。