【そらる】オトナ女子

オトナ ページ49

.

「……離してください」
「やだ」

いたずらっぽい横顔で、彼は微笑んだ。
眠そうな瞼は、瞬きも忘れるくらい綺麗で 私は目をそらせなくなる。

「……昨日、俺の弟に会いに来てくれただろ」
「……はい」
「だから、それのお返しに何かしてやるよ。」

頬ずえをつきながら、こっちを見ていた。
その表情が儚くて、私だけを見てくれたらいいのに なんて思ってしまう。

「……お、お返しなんていりません。私が好きで行っただけですし」
「それじゃあ俺の気が済まないの」

そう言って、軽く頬を膨らませる。
普段あまり表情のない人だけれど、喋っている時は喜怒哀楽が分かりやすいなぁと思った。

なんだかさっきまで悩んでたのが馬鹿らしくなって、私は笑った。

「……この前の約束、覚えてますか？」
「……約束？」

そらるさんは少し考えたあと、はっと顔を上げた。

「……そんなことでいいの？」
「はい、聴きたいんです。」

約束というのは、出会ったばかりの頃にやり取りしたメッセージの中で、そらるさんが言ってくれたこと。

“今度、一緒に何か歌おうよ”

「……私に聴かせたいって、言ってましたよね？」
「……ずるいやつ」

くしゃ、と子供みたいに笑う彼が 愛しかった。

そらるさんは仕方ねぇなと髪をかきながら、おもむろに倉庫から ギターケースを取り出す。

大事そうに扱うところを見て、本当に音楽が好きなんだなぁと感じた。

……日は いつの間にか、オレンジ色へと変わっていた。

「……A、好きな歌とかある？」
「……はい。今人気の、CMソングです！」

どのCMだよ、とそらるさんは笑う。

私はビデオに撮って 繰り返し見るほど、気に入っている曲があった。
歌っている人は分からないけれど、透き通っていて とても綺麗な声。

「ガラス玉です」

今 旬の、映画に使われているエンディング曲。
そらるさんはそれを聞いた途端、目を開いて驚いた。

顔を上げたかと思うと目をそらして、少し顔も赤かった。
「どうしたんですか？」
「……驚くなよ」

そう残すと、息を吸ってメロディーが弾かれる。
ジャン、ジャラ、ジャラ

それはテレビで聴くよりも素敵な音で、とても立体感と厚みがあった。

……まるでプロの歌手さんみたいだ。

「……歌える？」
「はい！」

じゃあ後からついてきて。

そう悪戯に笑うと、急に真剣な顔になった。
空気が変わる。

景色に色がついてゆく。


.

オトナ→←オトナ

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す