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ごしごしと服の袖で雑に涙を拭った八乙女くんは、一気にココアを飲み干して立ち上がり、自分のらしいリュックを背負った。

「ごちそーさまでした!じゃあ俺もう行くね」
「もういいの?」
「うん、あんまり居座ってもアレだし、久しぶりにいっぱい話せたからもう満足かな」
「そう。もしまた何かあったらいつでも来ていいからね」
「うん、でももう……」

そこで言葉を切って少し笑った八乙女くん。恐らくその後に続く言葉は「来ない」だ。
きっともう、彼は来ないんだろう。


研究室のドアへ向かった八乙女くんは「あ、そうだ」とくるりと先生の方へ向き直った。


「最後にさ、ハグしていい?」
「へっ、ハグ?」
「うん…だめ?」
「いや、別に構わないよ」
「ほんと?」

おずおずと両手を広げた八乙女くんは、そのまま先生を抱き締める。そんな彼の背中に先生もそっと手を回した。
ずっと座っていて気が付かなかったが、彼の方が先生より少しだけ背が高かった。


「…講義、ちゃんと全部出てて思ったんだけどさ、い、先生、記憶力いいよね」
「そうだね、人よりは随分いいかな」
「じゃあ…俺の事、ちゃんと覚えててね」
「勿論」
「先生が覚えててくれたら、次のいのちゃんはもしかしたら…」

だからよろしくね。

それだけ言うと、八乙女くんは先生から離れ、「じゃあね」と笑顔で手を振って研究室を出ていった。



「…嘘、ついてなかったね」
「そう、ですね。1度も」
「もう来てくれないのかぁ〜」

少し落ち込んだ様子の先生は、空になったカップを手早く洗うと、「残念だなぁ…」と呟きながらデスクへと戻った。

「輪廻転生の記憶を持っている人なんて、この先一生出会えないかもしれないのに」
「でも先生の講義取ってるならいくらでも話を聞く機会はあるんじゃないですか?」
「そう、だといいね」

じゃあ改めてバイトの話をしよう、と2人で先生のパソコンを覗き込む。
いつものように日程や場所を決めると、俺も研究室を出た。





_________________


後日先生から聞いた話だが、研究室に来た次の日に八乙女くんはいなくなってしまったらしい。
先生は少し悲しそうな顔をしながら、「きっと次に行ったんだろうね」と言った。

俺は「そうですね」と返しながら、次の人生で彼がちゃんと"いのちゃん"に出会えることを、静かに願った。






(不思議な話_fin.)

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しろみ(プロフ) - おこげさん» 嬉しいです〜!こちらこそ読んでいただいてありがとうございます!! (2022年2月1日 23時) (レス) @page9 id: a728324ea6 (このIDを非表示/違反報告)
おこげ(プロフ) - hkinが大好きなのですが、どのお話も素敵でニコニコしながら読ませて頂きました!素敵なお話をありがとうございます! (2022年1月29日 18時) (レス) id: ec6c8a8fda (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:しろみ | 作成日時:2021年11月29日 13時

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