８２話 ページ34
水とコンクリートだけのシンプルな空間。
「スキルを過信しすぎだよ。爪もわきも甘すぎ、ついでに面の皮は薄すぎってところかな」
変装用のマスクの下はとても娘ちゃんには見せられた代物じゃないね。
変装のスキルのために顔の皮をはぐ。
まぁ、合理的にわからんでもないけど。今一つ、ってところだね。
「全てを犠牲にして磨き上げた『死神』のスキル！
『人魚』の皮も頂こうか！」
「残念。人魚の鱗は高級品だ。君如きが手を出していい代物じゃない」
何度も何度も打ち合い、躱し、受け流す。
スキルは確かに流石だけど。これは本当に『死神』なのかい？
だとしたら拍子抜けもいいところだよ。
引退したとはいえ、僕の事をなめすぎだね。
「さっきから失礼なことを考えてないか？」
隠し持っているナイフもワイヤーも、前と比べて今一つ。
「なぁ、『人魚』。君はどうして殺し屋になったんだい？」
「殺し屋だなんて。僕はただ世界を謳歌するために何でも屋をやってただけだよ。
残念ながら僕には、明暗も、裏表もない。完全なる中立主義者。
ただ、妻ちゃんと娘ちゃんには偏るけどね」
あ、今引いたね。傷つくよ。
「僕の親は死神に殺された」
別に聞いてないけど？
「いろいろ恨まれる商売をしてたからね。家でも横暴だったし、死んでも特に悲しくなかった。
……その代り、目の前で親を瞬殺した殺し屋の動きに、僕はこう思ったんだ」
夕食は病院で済ませようかな。
でもあそこの料理は美味しくないんだよな。まぁ、栄養はちゃんと取れるけど。
「――なんて、美しいスキルだろうかと」
そういえば日本に住居なかったな。病院で止まればいいか。娘ちゃんの手術もあることだし。
「――――君、聞いてないだろ？」
「そもそも僕は訊いてないよ？」
「まぁいい。『人魚』に見せてあげよう。人を殺して得た死神の名声はさらなる仕事とスキルをもたらす。
そうして極めたスキルの極致。ご覧に入れよう」
『死神』は懐から取り出した薔薇を放り投げる。
そして人差し指を銃の形を作って僕に向けた。
(『死神の見えない鎌』)
ピシュッという微かな銃声音。それを見逃すほど僕も衰えちゃいない。
見えない鎌。それが人魚を刈り取ることはなかった。
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