季節の風物詩？ ページ9
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顔を洗おうと洗面所に入ると、Aが洗面台の鏡に近づいて悩ましげに唇を見つめている。その手元には唇のひび割れを治すためのチューブタイプの薬用リップが置かれていた。
「Aおはよう」
『照おはよう……』
残念ながら中身は空っぽのようで、どうしても使いたかったのかハサミで真っ二つに切られている。
『ねえ照、これからしばらく……』
「絶対やだ」
『早いよ！』
Aが言いたいことはよく分かっていたから、言い切る前に駄々をこねられる。
「だって唇治るまでチューしないでとか言うんでしょ？」
嫌なもんは絶対嫌。割れた唇が治るまでキスできないのはしんどい。それはAだって同じはずで。
「耐えられないもん……、したい時にできないのは」
『そうだけど……』
Aは敏感肌で肌が弱い。毎日使うスキンケア用品にはとことんこだわっていて、使っている化粧水や乳液、美容液やパックは全て敏感肌用だ。その上で季節に合わせて使い分けていたりするし、美容に疎い自分は尊敬でしかない。
「いいじゃん、割れてても。優しくするよ？」
そしてAは唇も弱い。マスクによる擦れや食事で落ちにくいリップを使うと皮がむけるし、寒くなって乾燥してくると毎年のように割れる。
これは友達時代に聞いたり見たりして知った。だから季節を問わずチューブタイプの薬用リップが必要で、それでも治らない時は病院で薬を処方してもらうらしい。
『いつも優しくしてくれるのは分かってるけど……、』
少し拗ねたAは子供みたいに唇を尖らせた。すっぴんの肌はぷるぷるで水分が満ちる。
でも下唇の真ん中あたりが割れ、薄皮がめくれている。痛々しくてつい眉間に皺が寄る。乾燥しているのを見ると、リップは真っ二つに切られてもなお中身は完全になかったようだ。
『チューした時にさ、あ、乾燥してるなぁって思われたら嫌じゃん……』
「え？」
『いつまでも照に可愛く思われたいのに、唇が割れてたら思われないじゃん……』
今険しくなったし、とAはシュンと肩を落とす。そんなつもりで皺が寄ったのではないのだけど、誤解を与えてしまった。
「違う違う！ 俺Aのこと可愛くないとか思ったことないよ！？」
流れで本音を吐いてしまった気がするけど、本当にAを可愛くないと思った試しはない。
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作者名：あおやなぎ
| 作成日時：2023年11月29日 19時
