39.命知らず ページ39
訓練場全体に、緊迫した空気が漂う。誰もが顔をこわばらせる中で、唯一イーダだけが笑っている。
その不気味さに、Aは慄いた。イルミの殺意とは全く違う、純粋な狂気。その下で力なく震える、血まみれのクラスメイトの姿を見て、Aは呼吸ができなくなった。
(顔が青白い……このままだと死んじゃう！)
先生は一体どこに――。訓練場に目を配らせると、すぐにその姿を確認できた。赤いタイを身に着けた、大人の女性。イーダのいる地点とは少し距離があるが、事件自体には気づいたはずだ。なのに彼女は動かない。イーダの姿をしばらく目に留めたと思いきや、あくび一つして踵を返した。
「なっ……！」
先生に助ける気はない、ということは、すぐにわかった。瀕死の彼女を見殺しにする気だ。
他の見習いに至ってもそう。さっきまで少女の叫び声につられ、顔を向けていた子たちは、イーダを見てすぐに目を反らした。アマネだって例に漏れない。みんながイーダに怯えてる。
「ねえ？左腕ももちろん僕にくれるよね？」
「ひっ、やめ……！」
じりじりと、笑うイーダが少女に近づく。必死に後ずさりする彼女の叫びは聞き入れられない。オーラの獣が口を開き、少女の腕に襲い掛かる――その時。
「A！？」
アマネは、隣でイーダの狂気に怯えていたAが、急に駆けだしたのに気づいた。
走り出した先にあるのは、イーダ。アマネは驚愕で叫びだしそうになる。
(なにやってんのA！死にたいの！？)
誰がどう見ても、今のイーダに近づくのは危険でしかない。あの『獣』の第二の被害者になるのは火を見るより明らかなのだ。なのに。
少女に襲い掛かる獣めがけ、無鉄砲に駆け寄るA。
その牙が彼女の腕にかかる直前。獣と少女の間に、Aは急いで割り込んだ。
バッ、と右手を伸ばし、後ろの少女を庇うように立つ。自分の前に立ちはだかったその姿に、イーダはわずかに目を見開かせ、獣の動きを止めた。
「……驚いたぁ。A、どうしたの？いま僕その子と遊んでるんだけど」
目をぱちくりさせるイーダに、罪悪感はかけらもない。
瀕死の少女を庇いながら、Aはそんなイーダを睨みつけた。
「やめてって、言ってるでしょ」
体が、震える。
自分がどれだけ命知らずな事をしているか、Aは何となく察していた。けれど後戻りはできない。目の前のイーダは「うーん」と顎に手を当てた。
「うん。だから？……それよりA」
――もしかして僕に逆らう気？
恐ろしい冷気が、訓練場を包んだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 106人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
バナナの皮でも齧ってろ(プロフ) - 甲賀忍者さん» ありがとうございます！ゴンのひたむきな真っ直ぐさを意識して夢主ちゃんを作っているので、ゴンのようだと言ってくれて本当に嬉しいです！ (2020年11月28日 23時) (
レス) id: 8e43bab9f5 (このIDを非表示/違反報告)
バナナの皮でも齧ってろ(プロフ) - slchang02さん» コメントありがとうございます！完走まで更新頑張ります！ (2020年11月28日 23時) (レス) id: 8e43bab9f5 (このIDを非表示/違反報告)
甲賀忍者(プロフ) - 楽しく読ませていただいております！ゴンの様な真っ直ぐな夢主ちゃんの事応援してます！ (2020年11月28日 20時) (レス) id: 0e780aa7b5 (このIDを非表示/違反報告)
slchang02(プロフ) - とても面白かったです。続きが読みたいです。 (2020年11月25日 1時) (レス) id: 270d07ae3d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：バナナの皮でも齧ってろ | 作成日時：2020年10月17日 2時
