054.ゆっくり吐いて ページ7
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たまたま通りかかっただけだ。
というのは限りなく無理のある言い訳。
Aちゃんから、今日、最後の出勤の日だと聞いていたから。キヨくんからは、2人で晩飯を食いに行くんだと話を聞いていたから。じゃあ俺は、Aちゃんが会社を出てきたところで「お疲れ様」と労って、プレゼントのひとつでも渡してやろうと思った。
けれど、会社からでてきたらしいAちゃんは、男に腕を掴まれて、顔を真っ青にしていた。
暫く黙って様子を見ていたのだけど、様子のおかしい状況に、YouTuber魂というかなんというか、思い立ったように携帯で動画を撮った。ただごとではないと思ったし、色々な不謹慎なゲームをやってきた俺の脳内では、数分でストーカーか?と推測されたからだ。
「……あの、警察呼びますよ」
彼がAちゃんに手をあげようとしたものだから、急いで飛び出していって止めた。片手で彼の腕を掴んで携帯で110番しようとする。
その様子を見た男は、すごい勢いで走り去っていき、その場にはAちゃんと俺と数人の人だかり。
「……」
「Aちゃん」
その場にしゃがみこみ、顔を真っ青にして肩で息をしている彼女に、俺は顔をのぞき込むようにしゃがんだ。目には、今にもこぼれそうな涙をためて、はぁはぁと浅く息をしている。過呼吸になりかけていると一目見てわかった。
「大丈夫だよ、俺がいるから」
「……」
「ゆっくり息吐いて」
あまり顔を見られては嫌だろうと、顔を見ないようにしながら背中をさする。
Aちゃんがこんなにパニックになっているのは初めて見たかもしれない。プレッシャーや不安に弱い子ではあるけれど、最終的には覚悟を決めるあたり肝が据わっていた。それほど怖かったんだ、あの状況が。
俺の声に合わせて呼吸をしていたAちゃんが、少しづつ落ち着いて、「れ、レトさん」と声を出した。
「喋んなくていいから。少し待ってて」
とりあえず、どこか安心して居られる場所にと、立ち上がってタクシーを拾いに行く。Aちゃんの腕を引いて、タクシーに乗り込む。Aちゃんは「……ありがとう」と消えそうな声で言いながら、ミスマッチな華やかな花束の後ろに顔を埋めた。
「……キヨくんちでいい?」
「……レトさんちがいい」
「……」
「こんな姿、見られたくない……」
消え入りそうな声で続けた。
俺は「……わかった」と頷くと、タクシーの運転手に自宅の住所を告げた。
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parumu(プロフ) - なみのさん» こちらにもありがとうございます!読みやすさとそれっぽさ(?)を意識しているので嬉しいです!笑 これからもよろしくお願いします! (12月24日 8時) (レス) id: 3fe3b17a70 (このIDを非表示/違反報告)
parumu(プロフ) - 夜さん» 長い文章を読んでいただき本当にありがとうございます、、、!頑張ります! (12月24日 8時) (レス) id: 3fe3b17a70 (このIDを非表示/違反報告)
なみの - さいっっっこうじゃないですか!文章も分かりやすくて最高です!!(二回目) (12月19日 21時) (レス) id: 20a9a81cbb (このIDを非表示/違反報告)
夜 - 最初から読んでいます。本当に最高です。文才もあり羨ましいです!応援しています! (12月9日 11時) (レス) id: b9a823def9 (このIDを非表示/違反報告)
parumu(プロフ) - りんごさん» 読んで頂きありがとうございます💕!🦀さんの声を脳内再生しながら、🦀さんならどうするかなと想像しながらリアルを追求して書いてるので嬉しいです🥲! (12月2日 3時) (レス) @page49 id: 3fe3b17a70 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:parumu | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/parumu_u_62
作成日時:2022年6月23日 22時