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「わざわざありがとうね。」


申し訳なさそうに眉を下げる女性は、よくお世話になっている劇作家さんだ。
彼女は渋谷区で被災し骨盤骨折などの大怪我を負った。
もしかしたらもう歩くことはできないかもしれない。
それでも生きていたのだからもうけものだと、以前彼女は電話口で明るく話していた。


「いえいえ、とんでもないです。お体の具合はいかがですか?」

「だいぶ良くなったわ。リハビリを少しずつ始めてるのよ。歌花ちゃんはもう平気なの?」

「ええ、わたしの怪我は大したことなかったですから。」


わたしが軽症で済んだのは共演者である天龍倫也さんのおかげだった。
劇場が崩壊する瞬間、わたしに覆い被さるようにして身を守ってくれた。
鉄筋に背中を貫かれた彼は即死であったと、のちに仕事の関係者から教えてもらった。
せめて苦しまずに、と。
彼の笑顔を思い出しては何度もそう願った。

そしてあの日、あの場所にいた人間はわたし以外全員亡くなった。
生き残ったのは自分ただひとり。
いまだに、重くのしかかる現実を受け入れることはできていない。

知人に見舞いの品を渡し、しばらく会話をしてから別れる。
病院を出ると庭園で談笑する人々の姿が目に入ってきた。
日差しが芝生にさんさんと降り注いでいる。
少し歩きたくなって、その庭園を散策することにした。
ふと、ベンチに腰掛ける男性と目が合う。
青い院内着を着た彼はここの入院患者なのだろう。
薄い色素の髪が太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。


「こんにちは。」


彼がしばらくこちらを見ていたものだから、一応挨拶をしてみた。
軽く会釈をする姿に、なんとなく既視感を覚える。
じっとわたしを見つめる目は、まるで人懐こい猫のようだ。
彼の前を通り過ぎる。
ふわりと、優しい匂いがした。


「……?」


心臓がどくんと脈を打つ。
突然、頬を伝う涙。
どうしてわたしは泣いているのだろう。
びっくりして立ち止まるわたしに、立ち上がった彼が声をかけてきた。


「どうかしました?」


心地よく鼓膜に吸い込まれる低い声。
なぜだろう、わたしはこの声を知っている。


「いえ、すみません……」


頭を下げ、その場を立ち去ろうとする。
あの、と呼び止められ振り向けば、彼が微笑んでいた。


「よかったら少し、話をしませんか。」


ああ。
柔らかく口角を上げる彼を、わたしは、覚えている。

秋風が、二人の間を優しく吹き抜けた。



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shiki(プロフ) - ドラマを見てこちらの小説に辿りつき読ませて頂きました!とても面白かったです!続きのお話も気になり読んでみたいです。よろしければパスワード教えて頂けますでしょうか😌? (5月4日 13時) (レス) id: 0b2b8118a9 (このIDを非表示/違反報告)
Miro(プロフ) - とても素敵なお話でした!よろしければパスワード教えて頂きたいです! (12月11日 0時) (レス) @page47 id: fd725bb22b (このIDを非表示/違反報告)
みかん(プロフ) - 面白かったです!まだ大丈夫でしたらパスワード教えていただきたいです! (12月3日 19時) (レス) id: a20e214c83 (このIDを非表示/違反報告)
のんき(プロフ) - とても面白かったです!続きのお話も気になるので宜しかったらパスワード教えて頂きたいです!m(_ _)m (10月3日 8時) (レス) id: da26660dd9 (このIDを非表示/違反報告)
おこめ(プロフ) - ゆんさん» ゆんさん、ペントレに引き続きこちらの作品も読んでくださったのですね!とても嬉しいです!ありがとうございます🥲メッセージにてパスワードお送りしましたのでご確認ください🐈💐 (5月18日 1時) (レス) id: 9157f8724a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:おこめ | 作成日時:2023年2月21日 1時

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