猫と花 第三部

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「ママ。」


いつもであればきっちりと巻かれた母の髪は乱れ、長い爪はところどころ割れている。
キッチンの冷たい床にへたり込む彼女の背中はとても小さく、今にも消えてしまいそうだった。


「仕事なら大丈夫だよ。前お世話になってた事務所の社長さんが連絡くれて、すぐ移籍の手続きしてくれるって。」


母からの返事はない。


今朝、マネージャーが血相を変えて自宅へやってきた。
社長がバックについていた団体と揉めて失踪したと、真っ青な顔の彼から伝えられた。
元々裏社会に通じていた人物だったので特段驚くことはなかった。
以前から黒い付き合いには気付いていたのだ。
あの男の心配などこれっぽっちもしておらず、むしろ清清したといっても過言ではない。
当然の報いだ。

母の気持ちは、自分とは違ったようだが。
あの時彼女は心を壊してしまったのだ。
愛する夫を裏切り、娘を生贄のように差し出してでも、一緒にいたかった男が。
忽然と姿を消してしまったのだから。


運命とは残酷なもので、結局母はそのまま酒に溺れ膵臓癌を患い、逝ってしまった。


それからしばらく、もどかしい思いを抱えながら生きてきた。
自分を納得させ、やり場のない怒りは仕事に昇華して。


でももう我慢しない。

今なら、今ならばーー


あの男に手を下すことができる。



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