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「まだ残ってたんだ?」
薄暗い稽古場で一人汗を流していると、私服に着替えた天龍がドアからちらりと姿を現した。
「あ.....ごめんなさい、ちょっと監督に言われたところが納得いかなくて.....」
「付き合うよ。」
コートを脱いだ天龍が向かいに立つ。
そんな、申し訳ないですとAは断るが、彼は優しく微笑んで首を振った。
初めてのミュージカルで主演を務めることになったAは焦っていた。
本番まであと数日。
一番の見せ場の演技がどうも上手くいかない。
顔だけじゃどうにもならないんだよと監督に怒鳴られ、気落ちしていた。
子役上がりだかグラビア上がりだか知らないけど俺は妥協する気は無いからな!
厳しい言葉が胸に刺さる。
「俺は十分いい演技ができてると思うけどな。どこが気になる?」
「.....正直、全部です。歌と表情がちぐはぐだって監督も言ってましたから.....」
じわりと涙がにじむ。
悔しい。精一杯やってもまだまだ認められるレベルではないのだ。
人を感動させられる演技とはなんなのだろう。
「主人公の、気持ちになりきれって、監督は言いますけど.....わからないですっ.....わたしじゃ、だめなのかも.....」
気が緩んでしまうともう涙が止まらなかった。
みっともない、こんなところを見せて。
「んー、そうだな。俺もわかんないんだよね。役の気持ちとか。」
「.....っ.....そんな、気休めはいいです.....」
「いやいや本当に。想像はできるけど、完全になりきるなんて難しいでしょ。よく憑依したような演技する人がいるけど.....みんながみんなそうできるわけじゃないからさ。」
優しい彼の言葉を聞いてまた涙が流れる。
やわらかなその声音が、ささくれだった心に染み渡っていくのを感じた。
「.....俺は、Aちゃんが努力してるの知ってるよ。」
「え.....?」
「自分は自分。いいんだよ、人の基準に合わせなくても。Aちゃんにしかない素晴らしいところがたくさんあるから。」
大丈夫、自信持って。
そう自分を励ます天龍は穏やかに笑っていた。
「じゃあ、俺が相手役やるから、アントラクトが終わったところからやろう。」
「.....台詞.....と歌詞、全部覚えてるんですか?」
「まあ.....記憶力が良いくらいしか取り柄がなくてね。」
「すごい.......じゃあ、よろしくお願いします!」
Aは軽やかに歌唱した。
夜が、やわらかく更けていく。
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おこめ(プロフ) - はーとさん» 勿体ないお言葉😭😭嬉しいです!チシヤの可愛い口、表現できてますかね…?!主人公ちゃんも反対の位置にほくろがあるんです(*' '*)気まぐれにイラストあげるかもしれないのでまた見てやってください🥹 (2023年2月20日 23時) (レス) id: 9157f8724a (このIDを非表示/違反報告)
はーと(プロフ) - おこめさん» お大事に( ᵒ̴̶̷̥́ωᵒ̴̶̷̣̥̀ )てか絵が上手すぎません?!チシヤの口が可愛い🤍 ̖́-夢主ちゃんもホクロがあるんですね! (2023年2月20日 22時) (レス) @page45 id: f292a3492c (このIDを非表示/違反報告)
おこめ(プロフ) - はーとさん» はーとさん、お心遣い感謝です(;;)リハビリも兼ねてゆっくり執筆していきますのでどうぞよろしくお願いいたします🐈💐 (2023年2月20日 22時) (レス) id: 9157f8724a (このIDを非表示/違反報告)
はーと(プロフ) - おこめさん» 事故💦怪我が早く治りますように(T ^ T)更新も楽しみにはしてますが、無理せず頑張って下さい (2023年2月20日 16時) (レス) @page44 id: f292a3492c (このIDを非表示/違反報告)
おこめ(プロフ) - ayaさん» ayaさん、いつもコメントありがとうございます!甘々チシヤ、完全に作者の好みなのですが、お気に召していただけたようで幸いです🐈大切に執筆している作品なのでそう言ってくださるととても嬉しいです( ´͈ ᵕ `͈ ) (2023年2月2日 22時) (レス) id: 9157f8724a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:おこめ | 作成日時:2023年1月27日 1時