家族になって七日目 ページ29
「ここ、三単現のsを付け忘れてる」
『三単現のs...てなに』
「嘘でしょう。そこからなの」
悲痛な声を上げる男に首を傾げると、彼は何かを諦めたように教科書を捲り始めた。勉強を始めて二時間が経つ。その間付きっきりの彼はもう五度以上ため息を吐いていて、問題集の運びも驚くほどに悪かった。
既に死んだ目になっているのは、お互い様か。
「三単現のsというのは、動詞につくsやesのことさ。三は三人称、単は単数、現は現在。三人称というのは私や貴方以外の全てだよ。彼や彼女、それ、彼らなんかもそうだね。けれど単は単数だから複数の意味を持つ彼らは別。現在はそのまま、過去を表す文章の動詞にはまた違うものが着くんだ。わかる?」
『わか、る』
「本当に?」
『あなたの説明は長ったらしい』
「中也と血が繋がっていないとは思えないくらい生意気だ」
幾つか問題を解いてページを変えると、太宰にノートを奪われてさらさらと何かを書き込まれる。気にせずに問題に集中していたが、被せるように紙面と文房具の間に滑り入れられた。
『なに』
「これは私が作った問題だ。解いてみ給え」
『どうしてわざわざ』
「いいから。He is home. 日本語訳は?」
『彼は家です』
「彼が家なわけないじゃないか。この場合は、彼は家に居ます、だ。直訳じゃなくていい。臨機応変に適した日本語を当てるんだよ。君にはちょっと難しかったかな」
その後も日本語がおかしい、字が汚いなどといちゃもんをぶつけられながらも少しずつ学習に慣れ始めてきた頃、不意に太宰がぽろりと零した。
「英語なら、中也だって教えられるはずなのだけどねえ」
その言葉に思わずぴくりと肩が跳ねる。
昨夜、日中は探偵社に預けられる生活が一ヶ月ほど続くと聞かされたとき、私が最初に尋ねたことがそれだった。何故探偵社でなければならないのかと。
中也さんは、教えてくれないの?
彼は答えた。教えないのではなく、教えることが出来ないのだと。自分は幼い日から組織で育った人間だから学もないのだと。全て探偵社で学んでこいと。そのときはその言葉で納得した。納得したフリをしていた。
けれど太宰治から零れた真実が、私の推察を確固たるものにした。
知識を蓄えることばかりが学びではない。
中也さんが私に望んでいるのは、“陽の下の世界”に触れること。環境の温かさ、心地よさ、優しさを感じる気持ちを養えということ。
私を育む世界はそういうものなのだから。
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苗代(プロフ) - 彩花さん» コメントありがとうございます。これからも頑張って更新していくので、ぜひご贔屓に。 (2018年7月18日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
彩花 - とっても面白くて一気読みしてしまいました!!!これからも頑張ってください!と (2018年7月17日 15時) (レス) id: 2058922f9b (このIDを非表示/違反報告)
#祭鼓*@harigaya mako*(プロフ) - 苗代さん» よろしくお願いしますm(__)m頑張ってくださいq(^-^q) (2018年7月13日 18時) (レス) id: 509492d3f2 (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - #祭鼓*@harigaya mako*さん» 初めまして、作品を好きだと言って頂けてとても嬉しいです。これからも出来るだけ頑張って更新を続けていくので、これからもよろしくお願い致します。 (2018年7月12日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
#祭鼓*@harigaya mako*(プロフ) - 初めまして(*^^*)こんにちは(・∀・)ノこの作品本当に大好きです(*≧∀≦*)更新頑張ってくださいq(^-^q)応援してます(σ≧▽≦)σ (2018年7月12日 23時) (レス) id: 509492d3f2 (このIDを非表示/違反報告)
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