出会って十七日目 ページ18
二十日目、Aと別れるまであと十日。
久しぶりに医務室に顔を出した。寝台に座って本を読んでいる彼女の腕からは、ギプスが外れていた。元々骨折ではなく重度の捻挫だったために考えていたよりも治りが速かったのだ。それでも未だ違和感はあるのか、手は本の背表紙に添えるだけとなっているが。
声をかけないで黙って壁に凭れ掛かり見ていると、少女も黙々と読書をする。まるであの寝台だけがこの世から隔離されているように、周囲に目を向けはしなかった。自ら断絶して己の世界に閉じこもっていた。
不意に、隣にある引き戸式の扉が音を立てて開く。
「これはこれは中原幹部。いらしていたのですね」
「あ、あァ。これから食事か?」
「はい」
盆を持って現れた医師が机の上に食事を置く。少女は頭を下げてお礼を言うと、箸を持って食べ始めた。三週間近く腕を固定した生活をしていたからか、机に肘をついて食べるのが癖になっている。パンケーキを食べたときも、腕を机上に寝かせるように肘をつき、手首だけを動かしていた。
以前の俺であれば、真っ先に口煩く注意していただろう。
マナーの良い美しい食事の仕方を心がけろと。
けれど今の俺には、そんな説教をする資格などなかった。昨日の今日でそんな言葉をかけられるほど案外自身の神経も図太くはなかったらしい。
「A...」
『なに』
「飯、美味いか」
『完食できるくらいには』
「そう、か」
目が合わなかった。何処にいても遠くに感じるほど、大きな溝が出来ていることを改めて痛感したのだ。心を殺した側と、殺させた側。一方通行の気持ちでは分かり合えることなど到底ありえない。
『仕事はいいの』
「手前は俺に仕事してて欲しいのか」
『貴方の迷惑になりたくないの。もし昨日のことを気にしているなら、私は大丈夫。立原さんには悪いけど、正論と、そうでないものの違いぐらいはわかるから。感情論じゃどうにもならないもの』
悟ったように話すAを見て、俺の心は大いに揺れていた。このまま別れていいのかと。これから先、多くの人間と出会って少女は変わっていくに違いない。その過程できっと、心も蘇生する。
そう信じたい、が。
心の隅でそれは不可能だとも思っていた。
具体的な理由は、分からない。
「もう短い付き合いだ。多少の我儘、聞いてやるぞ」
何の脈略もなく告げると、彼女は手を止めてやっとこちらを見た。
『ううん、ない』
そして首を横に振った。
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苗代(プロフ) - 彩花さん» コメントありがとうございます。これからも頑張って更新していくので、ぜひご贔屓に。 (2018年7月18日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
彩花 - とっても面白くて一気読みしてしまいました!!!これからも頑張ってください!と (2018年7月17日 15時) (レス) id: 2058922f9b (このIDを非表示/違反報告)
#祭鼓*@harigaya mako*(プロフ) - 苗代さん» よろしくお願いしますm(__)m頑張ってくださいq(^-^q) (2018年7月13日 18時) (レス) id: 509492d3f2 (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - #祭鼓*@harigaya mako*さん» 初めまして、作品を好きだと言って頂けてとても嬉しいです。これからも出来るだけ頑張って更新を続けていくので、これからもよろしくお願い致します。 (2018年7月12日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
#祭鼓*@harigaya mako*(プロフ) - 初めまして(*^^*)こんにちは(・∀・)ノこの作品本当に大好きです(*≧∀≦*)更新頑張ってくださいq(^-^q)応援してます(σ≧▽≦)σ (2018年7月12日 23時) (レス) id: 509492d3f2 (このIDを非表示/違反報告)
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