フラクタル【ゆめくろ】 (ページ10)

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「じっとしててね」

ナナシがとったらしい宿について、私を白いベッドの上に座らせたと思えばそこに跪き、私の靴を奪った。

血の出処を確認してから、満足そうに笑ってまた私を抱き上げた。

「シャワー浴びておいで。
他は準備しておいてあげるから」

「……分かった」

怒られるって思ってたんだけど。
想像とは違った対応をされ、安堵のため息をつく。

鏡に写った自分を見ては見慣れているはずなのに、嫌悪感を抱く。
似ても似つかない、黒髪に黒い瞳。
この色が昔より、今の方がもっと嫌いになった。

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準備は済ませたのか、にこやかな表情のナナシがもうひとつのベッドに座り、手招く。

「ほら、おいで」

ブラシにヘアミルクとヘアオイル。

いつも通りのそれらを見て、まだ認められない日常に戻った気がして思わず、顔を歪める。

「……なんで、懲りずに甘やかすの」

「ん〜？」

これまた甘い声でとぼけたフリをするナナシをチラリと見てから、体重をかけるように後ろにいるナナシに凭れ掛かる。

「かぁわいい。
なぁに、もしかして僕に甘えてる？」

「違う、勘違いしないで。嫌がらせしてる」

私がそう言うと、意地の悪い笑みを見せて近付いてくる。
ナナシがしようとしていることが何となく分かった私は右を向いて顔を逸らす。その直後にナナシの手が私の頬を掴んで元の位置へと強制的に戻す。

───あ、まって、これ、は

「そんなの、嫌がらせにもならないよ。
ねぇ、我が君。君はずっと無力で馬鹿で可愛いね」

鼻先にキスを落として目を細めて笑うナナシ。
当の私は左手をキツく握りしめて奥歯を噛み締める。

「ねぇ、顔が真っ赤。
こんなのもう数え切れないくらいしてるのに、まだ慣れないの？」

「…………良い風に捉えないで。
私は今、ナナシの顔を叩きたいくらい苛立ちが募ってるの」

無駄に整ったその端正な顔。
その頬が引っぱたいて少しでも赤くなるなら見てみたいくらい。

「…あ、どうして僕が我が君を甘やかすか、だっけ？」

「いや別にもうい、」

言い終わる前に形の良い人差し指をあてられ、言葉が止まる。
それに満足したのかナナシはゆっくりと口を開いた。

「甘やかして、溶けちゃうんじゃないって思えるくらいドロドロにして、僕がいなければ何も出来ないようになればいいのにって思ってるからね」

「…………最悪、聞く必要無かった」

「あはは、その顔好きだよ」