六文銭の男 ページ44
指先は冷えて赤く、吐き出した息は白く、冬の寒さは容赦がなく己の体を襲ってくるものだ
しかし、寒いからといって足を止めていい理由にはならない
『幸村!!』
僅か遠くから届けられた声には名前のみが発せられていたが男は理解が及んだのか羽織の裾をはためかせ走る速度を上げた
足場の悪い地を駆け抜け目的地を目指す
「承知!!」
崖上から落下する人の形を目視し叫べば男は脹脛の筋肉を縮小させ空中へと跳ねる
落下してきた冨岡の体に負荷を与えぬよう、受け止めれば勢いを殺すように砂利を滑る
風にはためいて見えた幸村と呼ばれた男の額には紅い鉢巻に刷られた金色の6つの銭
月明かりを背景に冨岡を覗き込む男に冨岡は暫し呆然としていた
「あの、お怪我はありませんか?」
視線に耐えかねた、というより心配になった幸村が冨岡を地面へ下ろす
気弱、ではなく心優しい青年なのだろう。彼から向けられた瞳には微かな不安と困惑が滲む
返事をしなくては、と息を吸おうとした冨岡だったが突然右胸辺りが突き刺さったような痛みを引き起こし酷く噎せてしまう
すぐに隣から安静になるよう背中を撫でられるがそれを制し首を振る
「…、俺のことはいい。巡桜を…」
「巡桜…」
尋常でない痛みなのだろう。空気を取り込もうとして息を吐き出す冨岡を放っておくことはできない
しかし、冨岡としては自分を逃がした女の安否が何よりも重要であった。崖に落とされる寸前の名前は彼だろう。彼女が信じたこの青年なら救援に向かっても十分な隊士だ、今すぐ加勢に向かってほしい
だが、幸村は少しの間崖上を見つめているとやがて冨岡の脇下へと腕を差し入れた
「っ、おい」
「A殿の所へ向かいましょう。…恐らくは加勢をするまでもないかと」
肩を貸す形で冨岡を起こすと難なく崖上に到達するため緩やかな坂道を行く
何故加勢するまでもないと断言するのか。疑問に思いながら動かした足はひどくふらついていた
自分では気づいていなかったが、相当体を酷使したからか疲労が蓄積していたのだ
誰かに支えられなければ歩けない程には
あの女が自分を逃がした理由がようやっと理解できたと同時に歯痒さが心に積もっていった
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蜜柑(プロフ) - あいうえおさん» 誤字指摘ありがとうございます…まさか主人公である彼の名前を間違えるとは申し訳ありません…… (2019年6月24日 23時) (レス) id: f7e2178304 (このIDを非表示/違反報告)
あいうえお - すいません。「炭次郎」じゃなくて「炭治郎」ですよ。 (2019年6月24日 22時) (レス) id: d4ea0d195c (このIDを非表示/違反報告)
蜜柑(プロフ) - やよいさん» コメントありがとうございます…!やよいさんの作品も閲覧させていただいているので作者様からそう言ってもらえて嬉しいです! (2019年5月20日 17時) (レス) id: f7e2178304 (このIDを非表示/違反報告)
やよい(プロフ) - はあ、、もう面白すぎです。。文才神がかってます。。大好きです。 (2019年5月20日 0時) (レス) id: 7302d83944 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蜜柑 | 作成日時:2019年5月6日 10時