11.蛍の光 ページ12
グッズを仕舞いながら談笑していると、ベランダの窓の色が橙色に変わってきていることに気付いた。部屋にある時計を見ると、もうすぐ17時になるところだった。
サイタマの部屋を訪れてからかなり時間が経っている。Aは時の流れの速さに驚きつつ、あまり長居をしてはいけないと、送迎の依頼をしようとスマホを手に取る。
「ごめんね、長い時間居座っちゃった」
「もう行くのか？」
「うん。マネージャーさんに終わったら連絡するって約束してるから」
Aはメッセージアプリを開き、マネージャーの連絡先を選択し、帰る旨のメッセージを送信すると、既にZ市の側で待機しているとの返信が来た。恐らくもっと長く滞在していたら、マネージャーから連絡が入っていたのだろう。
なにせあのZ市だ。いくらAが怪力だと言っても国民的アイドル。もしものことがあれば世界中のメディアがプロパガンダとなり、Aのファンたちは悲しみと怒りに満ちた涙で、枕やらタオルやらを濡らすことになるだろう。
カオスな世の中となった末に、ファンが怪人になったとしてもおかしくはない。勿論、Aはそんなことは望んでいないわけで、自分で分かっているからこそのマネージャーとの約束だった。
「それじゃあ二人とも、急に来たのにありがとうね」
帰り支度を終えたAはすくりと立ち上がり、サイタマとジェノスに頭を下げた。ジェノスも慌てて立ち上がり、Aに倣うように腰を90度に曲げる。
「こちらこそお会いできて光栄でした！またいつでもお越しください！」
「途中まで送っていこうか？」
恐らくサイタマもZ市の危険性を分かっているのか、Aにとってはかなり嬉しい申し出だった。
安心安全なのは勿論だが、久しぶりの兄妹の再会ともあって、出来るだけ長い時間を共にしたかったのだ。
「うーん…じゃあ、お願いしようかな」
Aは少し迷った末に、せっかくだからと気恥ずかしそうに笑って言った。Aがふとジェノスの顔を見ると目尻を下げて、これ以上ないくらいに愛おしそうな目でサイタマとAを見ていた。
「サイタマ先生、兄妹で積もる話もあるでしょうし、俺は家で待機しています」
「…分かった。」
Aの大ファンであるジェノスの事だから、意地でもついてくるだろうと踏んでいたサイタマは、ジェノスの意外な言葉に目を丸くした。
サイタマはジェノスに背を向け、履きつぶした靴に足を滑らせた。
「ジェノス君、お邪魔しました」
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作者名：みかんどっとこむ | 作成日時：2020年12月10日 1時
