それでも私は山田家の娘III【伊作編】

とある上司と部下の話 ページ39

「あの、これどうするんですか？ 持ってこいって言われたから持ってきましたけど」



山頂で合流した部下が手元の籠を抱え上げて聞いてくるのを、男はちらりと一瞥する。


男の通称はドクササコの凄腕忍者。
本名はもちろん別だが、誰もそれを呼ばなくなってしばらく経つ。

自分の主でさえそうなのだから、もう気にするだけ無駄だろう。

それに実はこの呼び名を気に入っていたりする。

ドクササコの凄腕忍者の部下、略してどす部下、なんて呼ばれているどこかの誰かよりはよっぽどマシだと思うのだ。



ちなみにそのどこかの誰かが持っているのは、つい先程まで凄腕が戦っていた五十嵐Aの薬草籠である。

彼女がいる場所からここはそう離れていないが、薬を撒いて眠らせておいたから追ってくることはしばらくないはずだ。

起きたAが籠のないことに気がつくのはもう少し先のことだろう。


学園の先輩だという青年が一人そちらに向かっていたし、彼女をあのまま放っておいてもおそらく問題はない。



「ちょっと聞いてますか？ これどうするんですか？」



凄腕の意を汲むことなく、しつこく何度も尋ねてくる部下に、彼は小さく溜息を吐いた。


この部下とは彼が城に新人としてやってきてコンビを組んでからの仲である。

一緒にいる時間は誰よりも長いはずなのに、未だに察しが悪いところがある。

他の隊員はこれより更に酷い。

せめてこの部下くらいは入隊当時よりもマシになっていると思いたい。



「明朝、件の学園の正門前に置きに行け。教師に見つからないようにな」


「え？ せっかく手に入れたのにですか？」



きょとん、と部下が不思議そうな顔をする。

やはりわかっていなかったか。



「狐蝶作戦の一部だ。抜かるなよ」


「……？ はい」



絶対わかっていないだろう、こいつ。



今更あれこれ言っても無駄であろう。

本当にどうにかならないだろうか。



……まあ、狐蝶の身柄さえこちらにくれば。


きっとこの出来の悪い部下を再教育する時間くらいは生まれるだろう、と口元に笑みを浮かべた。

鍛錬帰りの→←違和感　(2022.2.28改稿)

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