帰り道(2) ページ28
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少しして目を赤くした康二が帰って来た。
車内は行きと比べて重い雰囲気が漂っている。
黙っている康二に何て言葉をかけていいかわからなかった。
雑誌のインタビューで聞かれる恋愛観。
私の恋人はファンのみんなです。なんてアイドルとしては100点の回答をしてきたつもり。
でも本当は恋愛のエピソードなんて一つもなくて、それを隠したいだけ。
ジャニーズに入所したのが13歳。
そこから恋愛は駄目って言われ続けてきた。
だから恋愛をすることがなかった。
初めてのキスは演技だった。
どこにも所属できない時に当時のマネージャーさんが取って来てくれた仕事。
仕事のない私に拒否権なんてなくて初めてでもやるしかなかった。
それからも仕事で何度もキスをした。
いつの間にかキスに特別な感情を抱かなくなってしまった。
だから康二にキスされた時も特に反応しなかったんだと思う。
手を繋ぐことも、体を寄り添うことも、抱きしめ会うことも、仕事として全てやってきた。
ドキドキなんてとうに忘れた。
こんな私に誰か特別な感情を与えてくれるのだろうか。
向井「Aちゃん!大丈夫?」
A「…あ、康二。」
向井「うなされてたで心配したぁ。」
康二の声で目を覚ますと辺りは既に暗くなっていた。
後ろの翔太を見ると爆睡している。
A「…康二。」
向井「え!なに?」
康二の声は無理して明るさを出しているような気がした。
A「康二の気持ちには応えられないけど、でも気持ちを伝えてくれて嬉しい。ありがとう。」
向井「…ほんま?」
A「ほんま。」
向井「なら、これからも好きでいてええ?」
赤信号で車が停まる。
康二が真剣な目で私を見つめてくる。
A「これからも応えられるかわからないよ。」
向井「それでもいい。」
握られる手からは覚悟が伝わって来た。
A「…康二、青信号だよ。」
向井「うわ!ほんまや!」
慌ててハンドルを握る康二の顔は少し嬉しそうだった。
A「康二、ありがとうね。」
向井「おん。」
それだけ伝えてこの話は終わった。
私たちは何事もなかったかのように日常へと帰って行った。
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作者名:迷子のフクロウ | 作成日時:2022年12月17日 20時