tune.21 ページ21
·
(‥‥あ、意外と、イケる‥‥？)
感覚を思い出すために適当に指を動かす。
音を順番に追っていくだけだったそれは、いつの間にか月永さんが譲歩案として出した曲のメロディーへ移行していった。それが終わったあとは、なんとなく覚えていた曲を、我ながら辿々しい手つきで弾いてみる。
彼は椅子に胡座をかいて、目を閉じリズムに合わせて身体を揺らしていたが、不意に歌詞を口ずさみ始める。終いには椅子から飛び降りてくるくる踊りだした。
最初は気にせず弾いていたのだが、ちらりとそちらに視線をやった時、彼があまりにも軽やかで思わず指が止まった。
「お〜い、曲が止まってるぞ」
ぷんすか、という擬音が似合いそうだ。
あ、はい、と続きから弾こうとすると、突然音楽室の扉が開いて肩が跳ねる。
「まだ残ってたんですか。そろそろ帰りなさい」
「椚先生。すみません」
「え〜！ 今いいところだったのに」
「女子をあまり遅くまで付き合わせるのはいただけませんよ」
月永くんはともかく、あなたには重要な仕事があるでしょう、と私にだけ聞こえる声で言った。ごもっともです。
「無理に合わせなくて良いですからね」
「まぁ、私も楽しんでたのは事実ですし‥‥。
すぐに片付けます」
椚先生がいなくなった後も、月永さんは不満げだ。そんなに楽しかったのだろうか。お世辞にも上手いとは言えない演奏だったろうに。
まぁいいか、とピアノを元の状態に戻す。さっさと帰って報告書をまとめよう。
「おまえ、家はどこだ？」
「‥‥電車で1時間くらいの場所、です」
「そうか、じゃあ駅まで送る！」
「え、いいですよ、そんな」
「おれは“騎士”だからな、女の子を暗がりに放り出したりしないぞ」
「はあ‥‥。じゃあ、お言葉に甘えて」
鍵を返却し、下駄箱まで降りると月永さんが既に靴を履き替えて待っていた。
昇降口から差し込む月明かりに照らされた彼はぼんやりと外を眺めていて、その姿に一瞬呼吸を忘れた。
「‥‥お？ A、遅いぞ！」
「───え、あ、すみ、ません」
どこか儚く見えた表情から一転、私に気づいた彼は無邪気な子供のような笑顔を浮かべた。
急いで靴を履き替え、月永さんの横に並ぶ。
「‥‥月永先輩は、」
「月永って長いな、レオでいいぞ！」
「さすがに馴れ馴れしくないですか」
「リッツのことは名前で呼んでただろ！」
「それは‥‥頼まれたので」
「じゃあおれも頼む！」
観念して「レオ先輩」と呼べば、満足げに笑った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 158人がお気に入り
お気に入り作者に追加
「ワールドトリガー」関連の作品
この作品を含むプレイリスト ( リスト作成 )
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
夏向(プロフ) - りんさん» コメントありがとうございます。めちゃくちゃ原動力になります！！ (2021年5月16日 22時) (
レス) id: d3650b90b8 (このIDを非表示/違反報告)
夏向(プロフ) - れいゆふさん» ありがとうございます。そういったコメントを頂けると作者冥利に尽きます…！！ (2021年5月16日 22時) (レス) id: d3650b90b8 (このIDを非表示/違反報告)
りん - とても面白かったです！続きがとても楽しみです！ (2021年5月16日 15時) (レス) id: 5a0e3d3105 (このIDを非表示/違反報告)
れいゆふ(プロフ) - めっちゃ好きです！更新楽しみにしております！ (2021年5月12日 3時) (レス) id: e48528e707 (このIDを非表示/違反報告)
夏向(プロフ) - 星宙*°さん» ありがとうございます。感想めちゃくちゃ嬉しいです…！のんびり更新の上どこまで続くかわかりませんが、最後までお付き合い頂ければ幸いです^^ (2021年5月11日 22時) (レス) id: fd39a6918d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：夏向 | 作成日時：2021年3月31日 16時
