水底のキミ【奈良坂透】 (ページ9)

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氷山ページ9

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秀次と別れ、Aと連れ立って歩き出す。

基地内でも人目の少ない道を選んでいるのは、彼女がボーダーに所属していることが大勢の目に留まることを防ぐためである。

Aはボーダーのエンジニアであることを公表していない。知っているのは、上層部、A・B級隊員の一部と開発室、それから人事部のみだ。

そもそも開発室は滅多に隊員が出入りすることはないし、あるとしてもトリガーの点検くらいだ。その点検も、直接エンジニアと顔を合わせるわけではない。担当職員がトリガーの受け渡しを行うためである。

ならばなぜその一部の隊員が知っているかというと、「開発室にトリガーの改造に来たことがあるから」「開発室に友人の家感覚で遊びに来るから」というのが大体のパターンである。

弾バカと双子であるということを知っているのは、弾バカと交流がある者のさらに一部だ。

二人は「二卵性双生児」というやつらしく、見た目がそこまで瓜二つではないため、「言われてみれば双子でもおかしくないな」くらいのものである。

Aは弾バカへの影響を鑑みて、双子であることも秘密にしてくれと一人ひとりに頼んでいた。

この辺の情報操作はメディア対策室も一枚噛んでおり、情報統制は完璧だ。それもそうだろう。もしAにボーダー内で何かあったら叩かれるのは目に見えている。事務所とも連携するという念の入れようである。

正直な話、そこまでめんどくさいことをするなら出水Aの入隊を拒否すればよかったのにと思う。ボーダー上層部としては厄介事に他ならないだろう。

それでも彼女を受け入れたのは、A自身の強い希望と、唐沢さんの意向があったらしい。詳しいことは知らないが。

というか、その辺を深く詮索したら変なことに巻き込まれそうだ。

「‥‥な〜んかさ、ホント大変そーだよな」

「何、急に」

「や、公表した方がオレ的には絶対ラクだと思うんだよね。だってヤじゃん。コソコソしてるみたいで」

「‥‥“ボーダーのエンジニアの私”と“芸能人の私”は、別人」

「うん？」

「だから、公表したら“星宮A”がボーダーのエンジニアになったみたいで、嫌」

「星宮A」は彼女の芸名である。
前に公表しない理由は「めんどくさいことになるから」と言っていたが、それはきっと建前だったのだろう。彼女は、どうやら「自分」をいくつか使い分けているらしい。