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渡されたブラシを使って大きな躰を丁寧に磨く。
『よーしよし、お客様お痒い所ございませんかー?』
「ひとらん〜終わったよ〜…って外道丸めっちゃ懐いてるじゃん!?」
「そうなの、俺もびっくりしちゃった」
「はぁ〜俺には懐かないのに」
「馬は人を見るからねぇ」
『…よし、こんなものかな?…わわっ』
ブラッシングが終わり、毛並みを整えているとベロリと顔を舐められた。
「あはは、本当に懐かれたね。ありがとうってさ」
濡れタオルを渡してきながらひとらんさんが笑う。満足気な外道丸くんを見てこちらも嬉しくなる。
「よし、じゃあ二人とも終わったことだし放牧中の羊を戻しに行こうか!」
次に向かったのは広大な芝生が広がる所、ちらほらと遠くに白いのが見える。
「二人は羊がちゃんと全員いるか数えててくれる?」
『了解しました!』「わかっためぅ!」
ひとらんさんがゲートを開け、カランカランとベルを鳴らすと一斉に羊たちが戻ってくる。真っ白なもふもふが次々に畜舎の中へ戻っていった。
「何匹いた?」
『15ですね』「15匹!」
その言葉を聞いてひとらんさんが顔を曇らせた。ちょっと待ってて、と言い畜舎の中へ戻ってから血相を変えて飛び出してきた。
「マズい。多分一番若い子がどっかにいった。探しに行こう」
私達も芝生の中へ入り、手分けして羊を探す。木々の生い茂る中をかき分けていくと山と農場を仕切るフェンスが一部壊れていた。もしかして、と思いその先へ進むと、呑気に草を食む小さな羊が一匹いた。
『おいで、もう帰る時間だって』
そう呼びかけると懐っこく近づいてきた。羊の歩幅に合わせ、ゆっくりと農場へ戻っていたとき、足元がぐらりと崩れた。
昨日の雨でぬかるんでいたのか足が変な方向に向く。
『痛った…』
苦しそうな声を上げた私に気づいたのか羊が心配そうに寄り添う。
『大丈夫だよ…と言いたいところだけど…』
ここは農場の隅っこの森の中。多分足をひねったせいで歩いて行くことはできないし、声を上げたところで聞こえないだろう。スマホはまさかの圏外。
『はぁ…どうしようね羊くん』
膝に頭を乗せ、寝始めた羊を撫でながら途方に暮れた。
どのくらい経っただろうか。多分そんな経ってないけど体感時間が長く感じる。
ぼんやりと木々に遮られた空を眺めていると遠くから声がする。
「………ちゃん!…Aちゃん!」
『…!ここです!』
精一杯声を張り上げる。するとこちらへと蹄の音が近づいてきた。
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作者名:一 | 作成日時:2022年12月14日 12時