茶色の毒占欲 ページ29
ギラついた狼のような目に見据えられて、喉からひゅっと声が漏れた。
逃げなければと本能が叫ぶ。
『わ…私エミさん探してくる！』
重たい着物を脱ぎ捨てて走り出す。
ゾムが後ろから何か言った気がしたが心のなかで謝罪して振り返らずに走った。
走って向かったのは歴史資料室。ここにきっといるはずだ。
息を切らしながら入ると驚いたような顔をしたエミさんと目が合う。
「Aさん…？どうかしたんですか？」
『あぁ…うん。さっき見つかって追いかけられちゃって。』
しれっと嘘をつきつつ資料室をぐるりと見渡す。
資料には１つ１つ丁寧に赤い文字で訂正や補足、歴史館の説明に対する疑問点などが綴られていた。
『今夜はエミさんも気合入ってるね。』
「えぇ！これだけの資料数ですから、訂正にも気合が入りますよ。」
嬉しそうに筆を走らせる彼を眺めていると、くるりと振り向いた彼がこちらに近づいてきた。
「Aさん。……少し動かないで下さいね。これは？」
『…あ。』
彼の手には先程の翡翠の簪が握られていた。
「翡翠ですか。昔には権力の象徴とされていましたが…。」
ミルク色の目がすぅと不愉快そうに細められる。
「あの彼を思い出してしまうので…少し妬いてしまいますね。」
じとりと熱を持った目がこちらを射抜く。
『ぇ、エミさん…？』
「……俺はそこまで優しい男やないんですよ。好きな
ふわりと彼のマントに隠されるように抱きしめられる。少し震えた彼の手は振りほどこうと思えば簡単に脱出できるだろう。
「貴女の細い身体も、白い肌も。他の誰にも見せたくないと思うくらいには独占欲の強い男なんです。あの人達に出し抜かれたままな訳にはいかないんですよ。」
甘さと渋さの混じった紅茶の香りがした。
「なぁA、俺を選んでくれへんか？」
紡がれた彼の砕けた口調と普段は聞けない関西弁に心臓の奥がきゅうとする。
いつものエミさんとは思えないほどギラギラした目だ。
「おいエーミール。お前1人だけズルいんとちゃう？Aちゃん怯えとるやろ。」
資料室の入口に背中を預けた鬱に声をかけられた。
「…私だけではありませんよ。Aさん。これは元の場所に戻しておきますね。…今度は、琥珀の髪飾りをつけてくれませんか？」
「お前見た目に合わず独占欲つっよいよな。Aちゃん、こっちおいで。」
鬱に呼ばれるままエミさんから離れた。
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作者名：一 | 作成日時：2022年12月14日 12時
