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Aが音もなく歩き出したのを認識して、ようやくイルミは我に帰った。遅れないよう慌てて後ろに着き、静かにされど迅速に標的のもとへと体を運ぶ。
Aは一言も喋らない。ここまで接近しているのだから当然といえば当然なのだが、いつだってきゃらきゃらと話したがる彼女がこうも完全に沈黙を保つのを、イルミは初めて見た。
植えられた高い木を登り、木の葉に隠れて室内の様子を伺う。標的はベッドに横たわっているが、ここからだと顔が見えないせいで眠っているかは分からない。
どうしたものかとイルミが思案している間に、既にAは動いていた。特別性のガラスカッターで窓ガラスを丸く切り抜き、できるだけ音を立てずに鍵を開け、そのまま一気に部屋へ転がり込む。
「!?な、なん……」
標的は起きていた。寝転がって本を読んでいただけだった。叫ばれるとまずい。咄嗟のことで対応策を絞りきれず、硬直したイルミの目の前で、Aはどこまでも無情であった。
懐に忍ばせていたバタフライナイフを走りながら開き、一切の躊躇もなく標的の喉を掻き切った。あまりの勢いに天井まで血が飛び散り、男にまたがったAも当然返り血を浴びる。
その姿を、イルミはただ呆然と見ていた。
「叫んじゃだめ。暴れちゃだめ。きみはなるべくして殺されるんだよ。これは運命だから、逆らっちゃいけないんだよ」
首には太い血管が集まっているから、血液はどんどん流れ出て、もがいていた男の動きも見るからに鈍くなっていく。
Aはその間一度も標的から目を離さず、琥珀色の瞳で一人の人間が死んでいく様を眺めていた。
同情も、感傷もそこにはない。ただの観察である。どこまでいけば人が死ぬのか、その目で確かめているのだ。
やがて迸っていた血も量を減らし、標的は動かなくなった。脈を取り、口に手をかざし、目の動きを確かめて死亡を断定したAは、ぷるぷると頭を振って浴びた血液を振り払った。
「終わり!さ、イルくん、帰ろう。わたしお腹空いちゃった」
窓のそばで立ち尽くしていたイルミを振り返った時、Aが戻ってきた。イルミが見慣れた天真爛漫な姉の笑顔に、無意識に強張っていた体が弛緩する。
「イルくん、どうかした?具合でも悪い?」
あまりにも衝撃的な光景に言葉を発せないでいるイルミを案じて、Aは返り血まみれの顔を不安げに傾げた。
イルミにとって、今夜ほど恐怖を露わにしたことはなかった。
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くらげ(プロフ) - リメさん» 初めまして、閲覧ありがとうございます。小説を書くのは初めてなので、そう言って頂けて嬉しいです。頑張ります! (2018年9月19日 21時) (レス) id: 0096635b43 (このIDを非表示/違反報告)
リメ(プロフ) - 初めまして!とっっても面白いです!!くらげさんの文の書き方がどストライクすぎてすいすい読んでしまいました( *˙˙*) 更新頑張って下さい! (2018年9月19日 21時) (レス) id: d23165a5ce (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:くらげ | 作成日時:2018年9月2日 4時