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泣きじゃくって石板に涙の跡を残すAをどうしたらいいか分からず、ネテロは困ったように後ろ頭を掻いた。
イルミは何も言えなかった。姉が欲している答えは、彼では出せない。余計なことを言ったところで、彼女のフラストレーションを高めるだけだ。
現状Aを救えるのはネテロしかいない。嫉妬まじりの眼差しで老人を睨むと、分かっていると言いたげに肩を竦めた。
「ワシはな、若造の頃に行き詰まった。いくら修行しても強くなっとる気がせんでの……まあ、限界を迎えとった。
それでも強欲なもんじゃ、更なる強さを求めて悩んで──感謝しようと、思い立った」
「……感謝?」
「うむ。ワシの人生を育んで下さった武道に、せめてもの感謝を。ただそれのみに傾注して、何年もの月日をかけて感謝して祈って、ようやく限界を超えた訳じゃ。
……正直な話をすると、これは万人にできる修行ではない。よしんばお主がワシの倍の時間をかけて同じことをしたとて、ワシと同じ領域には至るまいよ」
「どうして?どうしてわたしじゃだめなの?」
「そりゃあお主、ワシじゃないもの」
Aは涙をはらはらこぼしながら、ぽかんとネテロを見上げた。
当たり前のことだ。意識するまでもない至極当然のことだ。何を今更、と訝しんでもいいほど、それは自然に存在する事実だった。
「要するに、自分に見合った鍛錬ができるかどうかじゃな。
ワシにはワシの人生が、お主にはお主の──A=ゾルディックの人生がある。
他の人間にも等しく言えることじゃ。誰しもがそれぞれ何物にも代え難い人生を送って、一つ一つがかけがえのない一人間を創り出す」
Aは口を挟むことなく、呆然とネテロの話を聞いていた。
彼女が今まで考えもしなかったこと。人間として備わっているべき道徳観。六歳になってやっと教わるそれは、どれほど特異に聞こえるだろう。
「誰しもが個人である。お主が今まで手にかけてきた者も、標的である前に人間じゃった。
一人一人が生きるため懸命に努力しておる。お主の場合は家庭が特殊じゃし、あまりこの考えに絡みつかれると身動きが取れなくなってしまうが、本来命は軽んじていいものではないんじゃよ。ともすればその考えは弱点にすらなってしまう。
お主にとっての“家族”は他人にもある。それだけは忘れちゃならん」
ネテロは徹頭徹尾、当たり前のことしか言わなかった。
だがその当たり前は、Aにとって生まれて初めて直面する未知の世界だった。
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くらげ(プロフ) - リメさん» 初めまして、閲覧ありがとうございます。小説を書くのは初めてなので、そう言って頂けて嬉しいです。頑張ります! (2018年9月19日 21時) (レス) id: 0096635b43 (このIDを非表示/違反報告)
リメ(プロフ) - 初めまして!とっっても面白いです!!くらげさんの文の書き方がどストライクすぎてすいすい読んでしまいました( *˙˙*) 更新頑張って下さい! (2018年9月19日 21時) (レス) id: d23165a5ce (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:くらげ | 作成日時:2018年9月2日 4時