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「両者準備はよろしいですか?」
「はあい!」
いくら危険性を説いてもAは「大丈夫です!」の一点張りだったので、男は仕方なく拳を構えた。しかし明らかに熱意は薄く、むしろどうやって手加減をしようかと考えている顔つきですらある。
審判も通常より選手との距離を近くしている。万一のことがあった時、いくら闘技場とはいえ、子どもの怪我を見過ごしたとなれば悪評が立ってしまうからだ。
「それでは……はじめ!」
どこか遠慮がちな響きを持って、審判が合図を出した。
──同時に、Aの姿が1958番と審判両名の視界から消える。俯瞰していた観客すらその矮躯を見失ったのだから当然だ。
1958番が一番に彼女を知覚した。ただし視覚ではなく触覚による感知だ。
ちょうど肩車のように一瞬にして男に乗り上げた少女の小さな手の平が、側頭部と顎に添えられている。
柔らかな手の温度に反して、男の脳裏には冷ややかで鮮明なイメージが浮かんでいた。すなわち、首をねじ切られる己の姿が。
そこにあるのはただ一つ。明確な殺意。
「ぅ、おおぉ!」
「きゃうっ」
無我夢中で拳を振り回すと、小さな悲鳴が横へと流れていった。生命の危機から脱したことを自覚して心拍数が急速に上がる。冷や汗が頬を伝う。
皆が皆、言葉を失っていた。
「うやー……」と愛らしい呻き声をもらす少女に対し、男は再度拳を構えた。今度は本気である。
見た目通りのか弱い存在ではないと、Bリングを見ていた誰もが理解した。
◎
「……姉さん」
「拗ねてない」
「姉さんってば」
「拗ねてないもん、泣いてもないもん」
天空闘技場初戦、無傷にも関わらずAは敗北した。いや、させられたといった方が正しい。
格闘家の男との対決は三分間いっぱいまで続いた。
それというのも、Aが殺さない戦い方を弁えていなかったからである。
初手同様、一撃必殺の攻撃をしようとしては「極力殺さない」約束を思い出して硬直し、その隙に反撃を食らうの繰り返し。
その打撃すら上手くダメージを殺して身体的な疲労はゼロに等しい。
しかしAの幼さ、そして一見すれば多く攻撃を受けていたのは彼女の方であったことから、審判は1958番に勝ち星をつけた。
後味の悪い勝ち方に、男は苦虫を噛み潰したような顔だった。
一方のイルミは適度に遊んでから気絶させて勝利を収めたので、無事十階への通行権を得ている。
それがAは気にくわなくて、かれこれ二十分はロビーで膨れているのだった。
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くらげ(プロフ) - リメさん» 初めまして、閲覧ありがとうございます。小説を書くのは初めてなので、そう言って頂けて嬉しいです。頑張ります! (2018年9月19日 21時) (レス) id: 0096635b43 (このIDを非表示/違反報告)
リメ(プロフ) - 初めまして!とっっても面白いです!!くらげさんの文の書き方がどストライクすぎてすいすい読んでしまいました( *˙˙*) 更新頑張って下さい! (2018年9月19日 21時) (レス) id: d23165a5ce (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:くらげ | 作成日時:2018年9月2日 4時